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91 放浪




「まぁ、ずいぶんと……様子が変わってしまいましたね。ヒヒヒ……」


冷たいライムの手をそっと取り、傘をさしたまま立ち上がらせると悲しく苦笑するアレス。


「何が起こったのか聞いても?」


頭2つ分ほど上を見上げるとアレスさんの顔と、その後ろに傘の裏側が見えた。

『オートマター』が貼ってある。効果は魔法を相殺するものだろうか。どうやら傘に付与して間接的に雨を防いでいるらしい。


そうわかると自身に纏わせていた『防御魔法』を解除し、さりげなく足元に魔法を寄せる。


『世界が……崩れているそうなんです。崩れているところから黒い雨になって降ってくると』

「…………ふむ」


アレスは目を細めると、


「大方予想できました……。ここにくる間にも、ミザリの研究者に何度も鉢合わせましたが、やはりライム殿を狙っていたのですねぇ」

『え……もう追手が……』

「彼らは必死でした。その様子だとあなたが原因だと思われているのでしょう……?フヒヒ、相変わらず問題を持ってくる才能がありますねぇ」

『好きで持ってきているわけじゃ……。あっ、違うの、アレスさん。あの、人が……たくさんの人が……!』


アレスに会ったことで一瞬ほっとしてしまったが、現状は最悪だ。

辺り一面……血と雨の海だ。


「ええ……被害は甚大です。リエード先生も救護と避難指示に回っていますが……いつまで持つか……ヒヒヒ、これは魔法史に残る中でも2番目くらいに凶悪な出来事でしょう」


話しながら、ライムとアレスは足早にその場を去る。

理由は研究者に見つかる可能性を減らしたいのと、人命の救助のためだ。残っている人がいれば……だが。


『これよりももっと、酷いことがあったのですか?』


頭痛を堪えながら『魔力感知』を拡大し少しでも息のある人間を探す。

南の方でリエード先生かと思われる魔力と何人かの反応を得られた。

だがこの周囲にはもういないだろう。『身体強化』を施して、さらに雨と血肉で溢れそうな地面を歩いていく。

喉の奥から込み上げるものがあったが、震えるように我慢して進む。


それを知ってなのか、


「最も惨状だったのは、今からおよそ300年前の魔力暴走の時でしたねぇ。おや、ライム殿魔法史で習ったはずですが……?」

『…………』

「冗談です。これは、魔法史にも載っていない宮廷魔術師のみが知ることですから……ヒヒヒ」


アレスさんの顔を見ると、言葉とは裏腹にとても強張っているような気がした。


「これは禁書庫に納められた記述よりわかっていることですが、今から300年前、神が寿命を迎えたというんです」


私なんかに話していいのですか、という質問は愚問だ。このような状況下では何事も罪には問われまい。


『神様が寿命……?』

「ええ、しかし代わりの神がいなかったために、延命せざるを得なかった。そこで、世界のありとあらゆる魔力を消費したのです」


黒と赤の海を渡るようにアレスとライムは、駆けていく。

近くに人がいないと分かったため、アレスの指示に従ってミザリの中央部である研究所を目指すことにした。

もちろん、研究者に細心の注意を払って。


「魔力を動力源とした建物や乗り物は全て機能しなくなり、もちろんほとんどの微弱な魔法は効力を失いました」

『もしかしたら、黒き魔法が普及し始めたのもその時代から……?』

「それは十分に考えられますねぇ」


黒き魔法は幼い子供たちの膨大な魔力を元にして作られていた。となれば、魔力が不足していた状況から回復を見込めるとしたらそこしかなかったのだろう。


「それが10年続いたというのです」

『でも死者は出なかったのでしょう?』


今でさえこんな悲惨な状況なのに、これ以上なんてあるのだろうか……。

目を丸くしたライムに応えるように、


「フヒヒ……そうではないのです。貴重な魔力を巡って戦争が起きた……」

『………!』


「神は人々が殺し合う様子に悲観した。神は完璧でなければならない。しかし、全ては世界のためにある。神は神であることを辞め、魔力を世界に戻した……そう、綴られていましたよ」

『……結局、新しい神様は見つかったんですか?』


最後の一言に違和感を覚えるが、上手くまとまらない。

本当にその記述通りなら、神様は300年間経った今も不在のままだ。ラクリマの言った通りにーー。


「それ以上は……何も」


アレスは残念そうに首を振ると、大きな白い建物の裏口に立った。

いかにもここがミザリ中央部、研究所がある場合だ。

普段は関係者しか入れないが、彼はライムと離れていた間に、どういった仕組みかその魔法回路を書き換えていたのだった。


「もしかしたら、この中に答えがあるかもしれません」




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