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私が今抱えているものーー?


アレスから尋ねられた“抱えているもの“の意味がわからず、ライムは一瞬言葉に詰まる。


……未開封の魔術書のことかしら。

ライムは先の戦いで得られた魔術書の一冊を未だ読まずに、『世界の創造』で作った別の世界に放り投げてある。

確かにあれまだ読んでないから内容も把握できていない。でもあれを開けてしまったら、私は、絶望に耐えられる自信がないわ……。

気持ち的に読むんだったら2冊同時にしたい。

魔術書の内容は詳しく話せないし……。


そしてもう一つの可能性。

感情度に左右されたアビリティのこと?

でも、これはちょっと内容的にアレスさんに見せるのは恥ずかしい……。


ライムは目を隠すようにうーんと唸る。


何せ『性的好奇心度』はアレスさんのことを考えてたら発現したのだ。

穴があったら入りたいとはこのことね。


うーんうーんと考えあぐねていると、見かねたアレスは諭すようにさらに言葉をかけた。


「魔術書は絶望を呼ぶのでしょう?……ならば、3冊も読んでしまった貴女の絶望は計り知れません」

「絶望ーー」


ああ、そっか。

アレスさんは私を心配してくれているんだ。


答えに詰まってしどろもどろになっていたライムはすとんとふに落ちたように顔を上げる。


……私は絶望を背負っている。

今のところ眠る時と、身体が徐々に灰になるくらいだけどーー。

もう一つの『定期的な絶望を得る』。

これがいまいちわからない。


そして、また言葉が出てこなくなるーー。

思考の海に潜ると、答えのない底を目指して冷たい水をかくようにぐるぐると考えにふけってしまう。

その間アレスさんはじっと私の答えを待っていてくれた。


どちらにせよ、絶望の正体は明かせない。

詳細を語ることは魔術書のルールに反するのだ。


「アレスさん、あの、なんというか、ごめんなさい、これは話せないんです」

「話せない……。それには何か理由が?」


間髪入れず追求するように問いかけるアレス。

それほど心配かけているということなのだろう。でも何故だかそれが心地良い。


「はい。魔術書のページに口外を禁止する項目がありましたので……。話そうとすると胸の奥がつかえる感じがするんです。だからたぶん、本当に良くないのだと」

「なるほど。魔術書には独自のルールがあるのですねぇ」


納得したように頷くと、彼は遠くを見るような目で「トードリッヒも無茶をしたものです」と力なく笑ったのだった。




====




アレスさんたちに私が話せる範囲のことを伝えていると、深夜なのにも関わらず店主とその娘のクレアがにこやかにやってきて、私たちを部屋に案内してくれた。


なんでもクレアを助けてくれたお礼だそうだ。彼女はもうすっかり元気になっていて、もう様子を見る必要もなさそうかな。


「本当に……本当にありがとうございました。魔術師殿。クレアは普通の子よりも少々魔力が強いようで、よく化学魔法に当てられては不自由な生活を送っていたものでしたから」

「魔術師なんて私はそんな大した人物ではありません。ただちょっと魔法に詳しいだけで」

「それ程の力を持ちながら、ずいぶんとご謙遜なさるのですね。私が見た貴女はいくつものアビリティを駆使して、娘を救ってくださっているように見えました。それにーー」

「お父さん、お料理が冷めちゃうよ」


クレアに諭された店主は「ああ、そうだな」とキッチンの方を振り返り、それから私たちをもう一度見るとペコリと頭を下げて作ったばかりの夜食を振る舞ってくれた。


ミザリノースで有名だというカカの果実と魔獣のもも肉を酸味があるソースで炒めた物、チギリの葉のサラダ、それと簡単なスープだった。


「この辺はあまり裕福ではないと聞いていたガ……ありがたく頂くヨ」

「ええ、お代は結構ですのでどうぞお召し上がりください」


出来たばかりの料理はほかほかして温かくて、なんだかお義父さんとお義母さんのことを思い出した。

勝手に出てきちゃったけどずいぶん迷惑をかけた……。

ただ、私はのんびり生きたいだけだったのに。どうしてこんなことになっちゃったんだろう。


いつの間にか、果てしない絶望と今にも消えそうな人の命が重く背中にのしかかっている。

ずっと感じていた背中の重たさはもしかしたらーー。


どこにも行き場のない感情は一粒の涙になって、私の頬をつうっと零れていった。

おかしいな、私、もっと強いと思ってたんだけどな。


ーー自分の力を自覚してからは、なんでもできると思ってたんだけどな。


「お姉さん、大丈夫?」


隣に座っていたクレアがそっと声をかけた。


「うん、あんまり美味しくって。久しぶりにちゃんとしたの食べたから思わず、ね」


私はまた小さな嘘をついた。

これからたぶん、もっと多くの嘘を積み重ねるのだろう。

これは魔術書の力を得た代償の一つかもしれないな、とライムは思った。




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