73 魔法化学発展区ミザリ
私の記憶の中にあるミザリ。
思い出すのはどれも苦いものばかりだ。
本当の親からは捨てられ、拾われた研究者たちからは好き放題された。
痛みを伴う魔法実験は何度何度も繰り返され、私の身体はボロボロだった。
(そう。記憶を失うほどのトラウマになるくらいには……)
はぁ……とため息をつきながら、ライムはたった今ついたばかりの場所を見渡す。
『ここは……』
「知っている場所なのカ?』
『うん。瞬間移動は知っている場所かイメージできる場所に限られるからね。ここは私が来たことがあるわ』
「ずいぶんと荒れてるナ」
辺りには衰廃している建物たち。
近くには教会もあるが機能していないのだろう、もうすぐ夜になるというのに明かりは灯らず人の気配もない。
「ミザリは魔法化学区。こんなに荒んだ土地があるなんて驚きですねぇ」
『アレスさんは来たことがあるんですか?』
「宮廷魔術師として何度か赴いたことがあります」
『そう、なんですね』
「フヒヒ、ミザリ技術は貴重ですからねぇ。ミザリの情報は殆どが秘密主義で守られています。住んでいたことのあるリエード先生はお詳しいのでは?」
アレスは最小限の目の動きでリエードを捉え、ミザリについて問いかける。
「まぁナ。この辺りは……」
リエード先生は教会の入り口に印されている紋章を摩ると、ぐるりと辺りを見渡した。
「ずいぶんと年季が経っちまったみたいだガ、北方のミザリノースで間違いないだろうナ。どうしてこんなに……」
『……人の気配がないわね』
小さい頃からこの辺りは荒んでいた。貧困民で溢れていた。
違うのは人の暮らしている様子がないこと。景観は変わらないが、人1人としていない。
「まぁいい。少し距離があるが、まずは宿屋を探そウ。夜が深くなる前に、な」
陽も落ちてきた。
オレンジ色に染まったはずの空はどんどん暗く深くなっていく。
黒い雨の正体を探す前にまずは準備を入念に、という先生の意見だ。街の様子も把握しておきたいそう。
私たちはリエード先生に続いて『移動速度増加魔法』をかけ、宿屋を目指す。
しばらく歩くと街が見えてきた。
こじんまりしているが、学園区ではあまり見ないような建物だ。
鉄製のゴツゴツした作りがいくつも重なり、まるでブロックを乱雑に並べたような街並み。
「中心部はもっとカオスだぞ」
驚いた私を横目にリエード先生はぼそりと話す。
そうなんだ。私が住んでいたところとだいぶ雰囲気も違う。
なんというか、乱雑に見えるけれど敷居が高そうだわ。
リエード先生はどれくらいここに住んでいたのだろう。
「子ども1人と、大人2人。部屋は空いているカ?」
一番近くの宿屋に着くと、リエード先生はすぐに店主らしき人に声をかけた。
建物の中も殆どが鉄製で、入り口や受付など要所要所に蒼白い『マキア』が浮かんでいる。
『マキア』には魔力が込められていて、触れると魔法が発動したり案内が表示されたりする。
もしかしたら、ミザリでは一般的に使われているのかもしれない。
「まずは触れてくれるかい?」
疑心の目をこちらに向ける店主。
ん、大丈夫だよね?
そういえば『瞬間移動』って国の許可を得ないで魔法化学発展区に入るわけだから、不法侵入になるのかな?え?
知らなさすぎるのも怪しい?
むむむと私は思って、思いつきで『叡智魔法』を発動する。再びカチリと脳に音が響く。
(ミザリでの常識を教えてほしいわ)
すぐに答えが返ってくる。
もちろん大人2人には聞こえない。
私の脳内だけの会話だ。
ーーー
建物に踏み入れた際、必ず近くにある『マキア』に触れること。
帰る時も同様。
少量の魔力を吸い取ることで心拍数や体調、精神面などあらゆる情報が記憶されます。
『マキア』は中心部に接続されており、全ての情報が共有されています。
これは区民の状況把握と、魔力の質の管理が理由です。
ーーー
(なるほどねぇ。改竄は可能かしら?)
私個人の情報が中心部にまわるのはまずいんじゃないかなと思って聞いてみる。
ーーー
改竄可能。
『イメージ化魔法』によって一時的に吸収される魔力の質を改竄できます。
ーーー
『叡智魔法……便利な魔法ね。世界の知識を教えてくれる……。
「何が便利なのでしょう?」
『わ?!』
しまった!
ついつい口に出してしまっていたわ。




