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72 眠り




『叡智魔法』で"眠り“は死の恐怖を呼び起こすのだと理解したはずだった。


 でも実際に死ぬわけではないから大丈夫だろうと高を括っていたのも確かだった。


 ただ睡魔に勝てなかっただけだ。

 だって人は眠らないと生きていけないでしょう?


 ライムが眠り、意識を深い海の中に置いた時『恐怖』は目の前に迫っていた。


 死の恐怖。


 深海からスルスルと伸びてきた白い手は私の首を絞める。

 息が……できない!


『かはっ!』


 指先はキツくキツく喉元に食い込んでくる。

 そして彼は言った。


『このまま普通に生きていけると思うなよ』







「おい!!大丈夫か!!」

「ライム殿……っ」


 2人の声が聞こえる。

 あぁ、アリスたちを捕まえてから、私は寝てしまって……。

 1人はリエード先生の声。もう1人は……、


『アレス、さん……。リエード先生も。無事で良かった』


 掠れた声。なんだか、喉も痛い。

 良かった……。アレスさん。無事に魔法が効いてくれてたみたい。

 細くて長い腕が私の肩を寄せる。


「酷く、うなされていましたよ」

『ご、ごめんなさい』

「気づいた時には身体も元通り、あの2人の気配もない、しかし側にはライム殿が倒れていて……。非常に驚きましたよ……。で、何故謝るんです?」


 困ったように顔を覗き込むアレス。

 その美形は吸い込まれそうなくらい整っている。

 最後の高圧的な一言は余計だけど、すごく心配してくれているのがわかる。

 心配かけちゃったな。

 申し訳なさが胸の中に広がる。

 と同時に夢の中の出来事が、私をまた恐怖へと引き摺り込む。


「おい、もう大丈夫なのカ?」


 リエードもアレスの一歩後ろで腕組みをしながらライムに問いかける。


『もう大丈夫、です』


 そうやって頬を無理矢理上げて、目を細めて心配させないように私は笑った。

 2人は……関係ない。

 神様とか世界とか、ミザリが神の力を求めているとか、全部私が背負い込む問題だ。


「何があったのですか?」


 私はぐっと目をつぶって、


『言いづらいんだけど、アリスとパトロフっていう2人が私の力を狙ってピアノを人質とったの……だから、ごめんなさい』

「その2人は?」

『私が締め上げて別の世界に閉じめているわ』


 隠してもわかるくらい動揺した表情をアレスは見せた。

 普通に考えれば、別の世界って何も知らない人からすれば理解の範疇を超えているわよね。

 アレスさんがどこまで知っているかはわからないけれど。


「別の世界……ということはライム殿は『創生の魔術書』を読んだのですか?」

『そう。読まなきゃ勝てなかった……』

「……私が頼りないばっかりに申し訳ない」

『ん、なんて?』

「フヒヒ、なんでもありませんよ」

『?』


 アレスさんがなんて言ったのか聞き取れなかった。

 一瞬くすんだ顔をしたのは気のせいかしら。



 ピアノの無事を確認した私たちは、ピアノをまた別の世界で待っていてもらうことに決めた。

 誰からも干渉されないという点で、私が作る世界はとても便利だったのだ。


 ピアノは綺麗に眠っていた。

 魔法陣の接続も悪くない。

 アレスさんが特別製のオートマターを使って上手く『睡眠魔法』と『防護魔法』をかけてくれたみたいだわ。

 私が苦い思いを押し込めてピアノを世界へ置いた時、心なしかアレスさんの背中も丸く小さく見えた。


「行きましょうか」


 私はアレスさんの骨張った手をとる。

 ミザリへの移動手段は本当に仕方がなく私の『瞬間移動』を使うことになった。


 瞬間移動は行ったことがあるところ、もしくはイメージと当てはまるところに飛ばされるのだけれど、幸いにも私はミザリに住んでいたことがある。


 王国の移動用魔法陣もあるのだけれど、それだと王国に怪しまれるし、滅多に使う機会のない魔法陣だからだ。


「…………」

『アレスさん、問題ないわ。一回使ったくらいで私は死なないわよ』

「死ぬ時は綺麗な花でもたむけますよ」

『うふふ、それは嬉しいわ』


「はっ、2人でイチャつくのも大概にしろヨ」


 リエードが面白くないという顔で渋々私の手をとる。言葉と裏腹に顔が真っ赤なのが不思議だ。


『それでは、『瞬間移動』。私たちをミザリへ』




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