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70 全然痛くないわ




 奇怪な表情でニタリと笑うアリス。

 ライムはぐいっと自分の汗を拭う。

 この勝負、絶対に私にメリットなんかない。

 わかってる。

 この人たちの誘導には乗らない。

 ……私は私の有利になるように考えなくちゃ。

 みんなを苦しめる酷いあなたには耳を貸さないんだから!!


「……勝負?どうするつもりかわからんが、そんなの勝負が始まった途端に俺らの首が吹き飛ぶぞ」


 パトロフと呼ばれた男は一体何をするのかとやれやれとため息をつきながら、アリスに反論する。


 ドクドクと心臓が脈を打ち始める。

 冷や汗が止まらないのはなぜだろう。

 早く対策を考えなきゃいけないのに……!


「それはもちろんわかっているさ!神様を自由にしたら、僕たちは息をする間もなく絶命するだろうねぇ。あぁ、でも見てみたい気もするなぁ。『神を殺す者』のホンキ♪」


 掻きむしりたいくらいにザラザラとした感触が心の中にある。

 魔力を抑えるのがやっとだった。

 この感情はきっと良くない感情なのだろう。

 たらたらと滴る汗をもう一度拭う。

 背中は汗びっしょりだ。

 魔術書を取り込んでから、体の様子がおかしい。

 3冊目の絶望の効果は……なんだったかしら……。


 2人はライムに構わず会話を続ける。


「きっと、神様のことだからぁ、僕たちのことすごーく痛い思いさせて、苦しませるんだろうなぁ〜♪ピアノ王女様を捕まえちゃってごめーんね♪」


 ニヤニヤと笑うアリスの姿はまるで悪魔だ。

 ギギギ……と尖った心が擦り減る音がする。

 私は、人の命を刈り取るなんてこと、絶対に、しないわ。絶対に……。

 ただ、ピアノの命を守るだけ。

 そう強く思う。


 しかし、


 ーー悪魔の囁きが私を苦しめるのだ。




「神様がちょっと魔力を込めれば、僕たちをいとも容易く殺せる。神様の塩加減一つで、世界も滅ぼせる。果たしてその力をずっと使わないでいられるのかなぁ……?」




 ゾクッと背筋が凍った。

 

 あ……、私何を今考えた?

 見て見ぬ振りをしていた。

 私の有り余る力。

 あまりにも在り過ぎる力。

 願えばなんだって……?


 ……いや、今は……そんなことを考えている場合じゃないわ……。そう。私は守ることだけ考えていればいい。

 守る。

 救う。

 助ける。

 …何度も何度も心の中で反芻する。


 ふぅと一呼吸おき、


『……さっきから……何を言いたいの?』


「フフフ……僕はさ、怒っているんだ。だーいじな魔術書を跡形もなく灰にされて、本当はどうにかなりそうだよ……!でもねぇ、目の前にこんな素敵なモルモットがいたら、試したくもなるよねぇ!!」


 何を思ったのか。

 彼は足を上げてそのまま床にダンッ!と下ろした。

 踏み下ろされた先を見る。

 あれ、確か彼の近くには……。


 アレスさん……!!

 アレスさんを……踏み付け……?えっ?


 アリスは無慈悲にもアレスの腹をグリグリと踏みつけた。傷口がえぐられ、その腹からは内臓が飛び出そうなほど既に瀕死の状態だ。


 目を見開いたライムはただその光景を眺めることしかできない。

 あ、あぁ……。

 必死に再び声を振り絞る。


『な、あぁ、やめないと……燃やす……!!!』


「やめなーい♪あ、ごめん嘘嘘。燃やさないで」


 冗談っぽく笑う彼の顔を見たら、まるで心の中が真っ黒に染まりそうになる自覚があった。だから、ぐっと目を逸らす。作戦は考えた。あとは上手くいくことを願うだけ。


「おい!アリス、雑談は終わったんじゃなかったのか、悪い癖だぞ……。それで、勝負の内容は?」


 話に割って入ってきたパトロフはあぁいつものことかと、話を軌道修正する。


「あはは、聞いてよパトロフ。こんなのどう?パトロフからの攻撃に耐えたら神様の勝ち!耐えられなかったら僕たちの勝ち!」


「おー。おまえにしゃ、まあまあだな。それだとこいつも魔力を使えんだろうしな。良いモルモットになってくれそうだ」


 パトロフもニヤッと楽しいことを見つけた子どものように笑った。




 それからはパトロフからの一方的な暴力が繰り広げられた。


 無慈悲で執拗な魔法の攻撃、純粋な打撃。


『爆撃魔法』


『斬撃魔法』


 拳が右、左、右……。



「ははは!!殴っても殴っても全然びくともしない!『防御魔法』とやらはすごいな」


『防御魔法』が施されたライムの身体にダメージなどつゆひとつも入るはずがない。

 この勝負、何か別の意図があるのだろう。

 けれど一方的に殴られるのはあまりいい気分でないわね。

 私は静かにイメージを集中させる。


 『アレスさん、ピアノ、リエード先生……』


 私には何をやってもいい。


「これが、常時発動なんだっていうからすごい」


 何をやってもダメージを受けないから。


「おいアリス、()()()は取れたのか?そろそろ……」


 でもね。


「潮時か。今回は十分な出来だろ。魔術書は惜しいが仕方ない。ピアノ王女様は予定通りミザリに運んで、この側近さんには死んでもらうか」



『私の大事な人を奪うことは、絶対に許さない』



 強烈な拳が降りかかる。

 普段ならば『防御魔法』で防がれていたダメージ。

 けれどその一振りは、ライムの頭を直撃した!

 鈍痛がライムを襲う。

 痛みのあまり目一杯の声で叫ぶ。



『ああぁああっ!!』



「「?!」」



 何かがおかしいと2人の視線が交差するが、もう遅い。すでにライムの作戦は行使されたのだ。


 ライムは瞬時に2人に対し『束縛魔法』をかける。

 シオンの見様見真似だ。


「何をした……?!」


 それに気づいたアリスは反射的にピアノの首を切ろうとするが、寸前のところで刃が届かない。


「あ……?な、な、なぜだぁ!!!」


 響き渡るのは目を見開き顔を真っ青にしたアリスの声。


『みんなを絶対に守るわ!!』


 新しい魔法を使うには魔力が必要になってしまう。

 だが、今現存している魔力を気付かれずに使うことはできる!


 ライムは、自分自身に施されていた『防御魔法』をピアノの首元まで移動させたのだ!


 ……自分に帯びた魔力をコントロールし、瞬時にピアノの首を守ったのだった。




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