7 雨
「よし、薬草はこれくらいあれば足りるか」
シオンはみんなで摘んだ薬草を確認していた。
背に背負えるくらいの麻の袋にまとめて入れていてくれたようだ。
合格に必要な一定数には十分届いているのだろう。
ーーポツ。
「時間に余裕もあるし、帰っても大丈夫そうね」
さっきまでヒヤヒヤしながら魔獣を倒したり、トラップをくぐり抜けたりしていたピアノも、ほっとした様子だ。
ジュエルは側で学園への移動用の魔法陣を手に、帰る準備をしている。
ーーポツ、ポツ。
「ん?」
ーーポツ、ポツ、ポツ……。
「わっ?何なにっ?!」
えっ、これなに。
黒い液体……?
差し出したライムの右手に、ポツッと黒い雫が落ちてきた。
そこからじんわりとしたほのかな痺れを感じる。
直感だけど、なんだか良くないもののような気がした。
服でゴシゴシ手を拭き取る。
ピアノたちも目を見開き驚いた表情で、キョロキョロしている。
シオンは敵を警戒しているようだ。
「空から……?降ってきているのか?」
「黒い……雨……」
ジュエルもハッとして前を見上げる。
空には真っ黒な雲。
先程までなかったはずだ。
煙のような黒い雲は広範囲に渡って渦巻いていた。
その雲から落ちてきている。
黒い滴。
直後、黒い雨が強く突き刺さるように急に頭上から降り落ちてきた。
森が鳴いているような酷い雨音だった。
ーーザザーッ!!!
雨は更に酷く加速していく。
辺りを黒く、埋め尽くす程に。
「えっえっ!! やばいよ! 雨みたいだけど、ととりあえず避難!!」
「おい! 俺のところに集まれ!! 木の下でも雨がかかっちまう! こいつ、刺激を伴ってるっ! なるべく触れない方がいい!」
「もう、間に合わないよー! なんかチクチクする……!」
シオンが大声で叫ぶと、シオンの側にピアノとジュエルが必死になって走ってきた。
だいぶ、雨を浴びたようだ。
服も髪も黒くなってきている。
ーーこれはまずい。
私は焦っていた。
この雨に毒があったら、どうしよう。
もしかして、弱体化魔法?
それとも、もっとやばい魔法か何かだろうか。
ピリピリした感じはきっと良くないものだ。
ーー私が、魔法を使おうか……。
その思いが一瞬過ぎる。
魔法は使わない方がいい。
でも、今は……。仲間のことが優先だ。
私はイメージ化魔法で強風を作ろうと考えた。
本当は上空を包み込むような焔であの黒い雲を蒸発させられたらいいんだけど、今は焔のもととなるガスや火種がない。
だから、風の力で雲や水分をとばしちゃおうと思った。
広範囲になるけど、余裕だろう。
みんなも飛ばされないように結界も張らなきゃ……。
両手に魔力を込めてイメージする。
が、隣で大きな声がした。
「ライムも! こっちに近づけ!! 離れるなよ」
ぐいっと、急に肩を掴まれシオンの腕の中に入ってしまった。
「みんな来たか!? 一時凌ぎするっ!
『牢獄監禁』!!」
シオンが更に大きな声で叫ぶ。
広げた両手から、鉄格子がいくつも出てきた。
鉄格子は4人の周りを徐々に固めていく。
すぐに四方八方ぐるりと鉄で囲まれ、それは立方体になり、私たちを囲っていた。
同時に、唸るような雨音は消え、ピアノの息を飲む声だけ聞こえた。
===
まるで、四角い部屋だ。
部屋はジュエルが持っていた魔道具のランプで照らされている。
一瞬だった。
黒い雨がいきなり降ってきて、シオンが魔法を発動させた。
なんて言ってたかな?
えと……
わっ、そ、そういえば、私、彼の腕に……
焦った私はスッとシオンの腕の中から離れて、慌てて横に立った。
「シ、シオン?さっきあなた……牢獄監禁って叫ばなかった??」
ピアノがシオンに質問を投げかけると、ジュエルも気になっているようで、あとから声が続く。
「僕も、そう聞こえた」
「そうだぞ。さっきは危なかったな……少し濡れてしまったが」
「そうじゃない!ここは!牢獄、なの?」
息もつぎつぎでピアノはシオンに問い詰める。
確かに、牢獄って聞こえた。
え、なにそれ?私たち閉じ込められたの?!?!
違うよね?シオンはそんなことする人じゃないよね?
「ああ、安心してくれ。本当は悪党を入れるための牢獄だが、俺が後で解ける。緊急事態だったんだ。他に手がなかった」
「そ、それなら、うん。ありがとう」
ピアノは納得したようなしてないような。
でもなるほど、と思った。
本来敵に使う束縛魔法を自分たちに使って、謎の黒い雨を避けるために別の空間を作ったんだ。
牢獄と聞いてびっくりしたけど、素早い判断だった。
それにしても、あの黒い雨はなんだったんだろう。
試験の一環にしては、試験の目的からずれている気がするし……。
他の試験者の魔法だろうか。
もしそうだったら、すごい魔法の使い手だ。
「ねぇ、ピノ……いったいなんだったんだろうね……」
不安を感じてぎこちなくピアノに声をかける。
ピアノは大丈夫……?
「…………」
「ピノ…………?」
「ね、ねぇ、ライム、あ、あの私……!!」
「……?」
ピアノがガバッとこちらを向いた。
泣きそうな顔をしている。
「どうし……」
「私の……!!魔法陣が……!!」