69 神を殺す者
まさか燃やせるなんて思いもよらなかったでしょう?
アリスは歯を噛み締めてさらにピアノの首に力を入れるが、実行には至らない。
『さぁ、どうするのかしら?』
柄にもなく挑発してみる。
「く……そ……、クソッタレ……!!」
アリスは顔を覆いながら、フラフラとおぼつかない足元で私の前に立つ。
「あぁでもなぁ……魔術書は……絶対だ」と呟く彼の目に映った業火は次第に消え失せていく。
どうかピアノのことも私のことも諦めてくれればいい。
「ねぇ、本当に?」
アリスはライムに問う。
確信しているにもかかわらず、敢えて、だ。
『何が?』
「本当に、読まずに魔術書を燃やすのかい?」
『やってみましょうか? 実際、ライラさんが持っていた魔術書も読まずに燃やしてしまったわよ』
これは嘘だ。
本当は読まなきゃいけない。
でもそれは知られなければいいだけなのだ。
私は、魔術書を燃やした時と同じ焔を目の前で灯して見せる。燃やすのなんて一瞬だ。だから、その右手を早く……退いて。
「ははは……凄いや。凄い、これが神様なんだね。間違いなく、神様だ」
彼は「ははは……」と力なく笑う。
そこには、絶望と同時に希望のような表情。
『言っておくけど、私はまだ神様ではないわ。神様見習いよ』
まだピアノの首元に鋭利な刃物を向けているアリスの笑みを見たライムは、ジャラリと自分の黒のプレートをかざす。牽制の意味を込めて。あと一押し……!
《偽名:アズベルト・ライム
年齢:15歳
職業:神を殺す者
特殊:『世界の創造』『黒き魔法』『創造主』
魔法アビリティ:下記参照
備考1:感情度に左右されたアビリティが発現しています。現在の感情度は以下の通りです。
幸福度:70/100……『イメージ化魔法』
絶望度:180/300……『空間破壊魔法(大)ex』
不快度:80/100……『魔法抹殺(中)』
知的好奇心度:60/100……『叡智魔法』
性的好奇心度:50/100……『誘惑魔法』
備考2:『創生の魔術書』の取得により、『絶望度』の効果が上昇。『空間破壊魔法』がエクストラアビリティに変化しています。》
あれ……。『神様見習い』じゃない……!
おかしいな。いつからだろう。
神を、殺す者……?
しかも、特殊の欄と魔法アビリティが測定不能だったのに追加されてる……。そして『空間破壊魔法』が(小)から(大)exに。
『魔法抹殺』のアビリティが(小)から(中)になってる。
いや、今はそんなことはどうでもいいの!
目の前のピアノを助ける。
その首にかけられた彼の右手を一瞬でも離せられればいいの。
そんなことを思い、キツくアリスを睨めつけた、が。
彼の反応は予想とは反するものだった。
思惑通りには、いかなかった。
「あは……!あはははは!!」
腹を抱えて笑い転げるアリスの姿。奇妙ともいえるその姿がそこにはあった。
「はははは……!!凄い……、凄いよ神様。いや……こう言った方が正しいかな、『神を殺す者』」
『「神を殺す者」?……って、私神なんて殺さないわ』
とにかく物騒なステータスだ。
勘弁してほしい。
私はそんな力もアビリティも望んでない。
牽制になるかと思ったけれど、逆効果だったってこと?!
どうしよう、次の手を考えなくちゃ……!
「……わからないの?だって、神様候補の女の子かと思ったら、『神を殺す者』、だ。そうだ、もしかして……『創生の魔術書』の影響かもしれないなぁ」
『?』
「雑談は終わり。僕ねぇ、神様の力だけを奪おうかと思っていたんだけど、やーめた!君には絶望がお似合いだねぇ!ねぇ、パトロフ?」
アリスは恍惚な表情で下からライムを見上げると、新たな人物の名前を呼んだ。
同時に物陰からもう1人の魔力。
え、え、そんなまさかもう1人……?!
わからなかった……わからなかった!!
「やっと……雑談は終わったか?」
声からして中年の男性。
深く帽子を被り、顔が見えない。
ライムは憤りを隠せずにいる。
打開策が、湧かない……!このままじゃ並行戦だわ!
「うん、久々に楽しかったぁ」
「そうか。程々にしておけよ。そいつはどうする?」
男が聞いたのはおそらくピアノのことだろう。
ピアノはだめ……!!
あぁ、あのピアノの首元さえ退けられれば……!!
それだけでいいのに、それだけで彼を捕まえたり動きを封じたりなんでもできるのに……!
「うーん、そうだなぁ。あ!いいこと思いついたよぉ!」
「…………あまり良い予感はしないな」
「君と神様で勝負したらいいよぉ!」




