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68 業火




「これ以上は……やめて!」

「やめられないなぁ。力を貸してくれるっていうなら考えなくもないけど? 神様が魔術書を読んでくれればいいんだよ?そして、もっともっと力と絶望に溺れる神様……。そそるなぁ!!」


 天井のシャンデリアが狂気に満ちた顔を照らし、肌の白さが際立っていてますます不気味だ。紅い目はどんよりと薄く、口元は僅かに緩ませる。


 こちらが魔力を込めればピアノの首はすぐにでも魔法で弾け飛ぶだろう。


 どうすればいい……?

 今の私に何ができる?


 正面の彼を見る。


「選択肢なんてないよねぇ」


 そう笑うアリスは、いつしか同じように力を求めた大人たちとよく似ていた。


"力を貸してくれないか"


 と。私の力を知った大人は決まって同じことを言う。

 なんで、大人は力を求めるのだろう。

 こんな力いったい何に使うんだろう。

 力を求めてどうするの?

 私の何を知りたいの?


 ……わからない私はいつも決まって『存在希釈』して逃げるばかりだった。


 それも、過去の話ね。

 力は守るために使うもの、誰かを助けるために使うものだと自分でわかったから!


 方法は一か八か!

 彼が上手いこと乗ってくれれば………。

 リエード先生にも話したいけど、この距離じゃ会話を聞かれちゃうわね。迷っている暇はない。

 ライムは足を一歩踏み出し、その一言を言い放つ。


「……決めたわ。あなたに力を貸しましょう」

「その言葉を待ってたよぉ」

「おい!!」


 言葉と被るようにリエード先生が長い手で私の右手をパシッと掴み、制止する。ライムの目をキツく睨む。


「わからないのカ?!自分を犠牲にするのはやめロ!」

「リエード先生、私、大丈夫だから……」


 お願い、試してみたいことがあるの!

 伝わって!!

 ぐいっと身体を捻ってリエードの手を払い除けようとするが、相手は大人。振り切れるはずがない。

 再びリエードが口を開く。


「いや、駄目ダ。今お前の力をが奴の手に渡れば、ミザリの勢力が増すだろう……そうなれば……」


 リエードが口を開いた時、鋭い何かがライムの頬をかすめた。

 私には届くはずのない刃物。

 あれ、違う。私じゃなくて……!


「……グハッ!」

「先生?!」


 再びアリスの左手が振り下ろされ、鋭利な刃物がリエードの胸元に突き刺さる!

 あ、ああっ!!!


「僕……お喋りは好きじゃないなぁ」

「あ"ぁ……う"っ」

「先生、先生……!リエード先生?!」


 リエードの胸元からは大量の血が吹き出し、彼は必死に胸を押さえつける。ライムはすぐに駆け寄るが、血が、止まらない……。


「余計なことを言っちゃダメでしょ。まぁ、結果は変わらないと思うけどね」

「あなたって本当に……!!」


 リエード先生を抱き寄せてすぐに胸元に『治癒魔法』を施そうかと思ったけれど……。

 アリスと目が合ったライムはリエード先生を床にそっと下ろす。


「ごめんなさい。あとできっちり治すから」


「目的のためには手段を選ばない。悪役の常套句でしょ」


「…………!!」


 傷付いたリエード先生、倒れたアレスさん、人質になったピアノ……。人を傷つけることに何の痛みもないアリス。

 この人は……本当に本当に……!


 怒りの感情が魔力として出ないようにグッと噛み殺した時、


 ーー自分の中でプツッと何かが弾けた音がした。






『許さない』





「……なにか、言ったのかな」


 アリスの眉がピクリと上がる。

 ライムはそれを無視して、


「……魔術書を、貸して。今ここで開いてあげる」

「そうこなくっちゃ!!」


 やることは一つ。

 この魔術書を……私が……。


 彼はいきなり上機嫌な様子で「『邂逅魔法』」と唱える。保持している魔術書を出現させる魔法。

 すると手元から『創生の魔術書』がジリジリと灰から形を成すように現れた。

 1冊、そして2冊……。

 アリスは早口で述べる。


「僕はなんとなんと!『創生の魔術書』を2冊も持っているんだ!すごいでしょー!話が早くて助かるよ。いつの時代もこういうやりとりって不毛だよねぇ。条件を飲まない奴が多くてさ。どうせみんな死ぬのに、さ。はーあ、……馬鹿だよねぇ?」


 ギリッと唇を噛むと端から血が伝わって、温かく私の肌を濡らした。


「血?大丈夫?自傷には防御魔法は効かないんだねぇ。ふむふむ。あ、ほらいいよ取って」


 彼は手のひらに2冊の本を漂わせる。

 蒼い光を帯びた魔術書は、悪い夢の序章のようにおぼろげに見えた。


 ライムは手前まで歩き、2冊を手に取る。


 やっぱり重たい。

 ごめんねみんな、もう少し待っててね……。

 慎重に魔力を流しながらゆっくりと魔術書を開く。ベリベリと表紙が千切れる音がする。


 すると知識が、情報が、流れ込んでくる。

 これは『第2巻 神について』の書。

 そして背中に張り付く、絶望の影。


「おお、すごい……こんなに簡単に開けるなんて……。どれほどの魔力量を持っているんだろうねぇ。神様は知ってる?これ開くのにさ、最低でも5人の魔術師と5回月が赤く染まるくらいの時間が必要なんだよ?それをこうも一瞬で解いちゃうなんて、狂ってるよねぇ」


「……私があと一冊を読んでも、あなたはどうせその手を離してくれないのでしょうね」


「もちろん!離したら僕、瞬殺されちゃうよね〜。そこのセンセーみたいに神様の力を甘く見ちゃいないよ。読んでもこの手は絶対に離さない。さあ、もう一冊どうぞ?そして、君がトチ狂っていく姿を見るんだ……!絶望が重なった君の姿、楽しみだなぁ!」




「……『五月蝿い(うるさい)』」




 私は今読み終わったばかりの魔術書を手に取り……燃やした。


 蒼く、揺らめいた炎はさらに激しく本を包み、黒く灰にしていった。



「なっ……?えっ……?」


「私を甘く見ていたのはあなたの方ね」


「魔術書が燃え、て……?う、嘘だ!!おい、やめろ!!今すぐにやめないと……!!」


「やめないと、ピアノ王女を殺しちゃう?でも、いいの?こっちには開いてもいない魔術書がもう一冊。読まずに燃やしてもいいのよ」


「お、おまえぇえええ!!!」


 今起こった事が信じられないと、彼は叫ぶ。

 怒り狂ったアリスの目は業火のようにひどく歪んでいた。




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