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67 小さな神様




 廊下を駆け出すと、湿気が強いのか蒸し蒸しとした空気が体に纏わりついてくる。


 ずいぶんと廊下は長く続いているようだ。

 急ぐなら魔法を使った方が早いわね……。


「リエード先生!」

「なんダ?何かあったのカ?」

「なるべく急ぎたいの。嫌な予感がするわ、だから……『身体強化』」

「……まったく、君には驚かされル。普通はこんな魔法1.5倍が上限なのに、軽々と2倍もの身体強化を使うんだナ」

「?」

「自覚がないのカ。アレス先生が苦労するのもわかる……」


 走っているせいであまり聞こえなかったけれど、リエード先生はため息をついたようだった。

 そういえば、面倒臭がりって言っていたから自ら行動するのは億劫なのかもしれないわ。


「真っ直ぐでいいのかしら?」

「ああ、ここに王女様の隠し部屋がある」


 王女の隠し部屋は有事の際に逃げ道となる。

 緊急時に隠れたり、内密に進めることがある場合にも利用しているそう。


 今回2人の気配があるということは、やはり何かあったのだろう。それか……アレスさんはピアノを眠らせるとも言っていた。寿命を迎える前に眠らせて、私たちが救う。そう計画していた。


 だったらいいのだけれど……。

 ライムは嫌な予感を拭えないまま、額に汗を滲ませながら走る。暑い。冷却魔法も使っておこう。


 廊下の先には大きな鉄の扉があった。

 中央には複雑な魔法陣。

 入り口の棚にあったものと似ている。


「すでに解錠されているナ」

「中にいるんだわ、行きましょう」


 リエード先生が一歩前に出ると、両手でググッと重い扉を押す。細いけれど筋肉質な手や腕に血管が浮き出る。


「魔法で開ければいいのに……」

「そんなに無造作に使って、君は魔力が惜しいとは思わないのカ?」

「? 魔力なんて気にしたことないけど……」

「それを聞いて、もっと……君のことを知らなきゃと思ったヨ」


 ああ、魔力には上限があったんだった。

 ついつい自分の物差しで考えてしまう癖は、やめた方がいいわね……。


 さらに力が入り、扉がゆっくりと開く。

 中から魔力が溢れてきた。

 少しだけだけど、アレスさんのものだ!良かった、無事みたい!

 あとは、誰?


「アレスさん!!ピアノ!!」


 部屋の中央から感じる気配に近づく。

 中は思ったよりも広くて簡易的な舞踏会を開けそうなくらい、豪華で華やかだった。

 学園のどこにこんな場所があったのだろう。

 まぁ、それはいいとして。


 一つ問題があるとしたら部屋が真っ暗なのだ。

 気配があるのに、なんでこんなに暗闇なの?


「いるんでしょ?!大丈夫!?今、明かりを……『極光魔法』」


 たちまち部屋の隅から隅まで明るくなる!

 眩しさで一度目を閉じ、再び開けた時私たちは息を呑んだ。


「あ、れ……アレスさん?」


 そこには横たわったアレスさんと、特別な魔法光の中で眠ったピアノ、そして……。


「あなたがやったの?」


 そう言い放ったライムの顔は感情を噛み殺したような、怒りを我慢しているようなそんな表情だった。

 返答によっては、今右手に貯めている魔力を爆発させかねない。


「答えて!!」


 黒髪短髪、私と同じ紅い目をした、青年がアレスさんを見下ろしていた。

 その目はまるで何者にも興味がないような淀んだ色をしていた。


 彼はゆっくりと顔だけを向けて考えたようにこちらを凝視すると、その瞳は次第に輝き出す。


「"あなたがやったの?"かぁ!小さな女の子に強気で言われると、僕ゾクゾクしちゃうなぁ!!!フフ……はじめまして。小さな神様。僕の名前はアリス。君の力を頂きに来たよぉ。神様の求める答えはこうかな。『はい、僕がやりました』どう?せいかーい♪でしょ」


 丁寧にお辞儀をしたかと思うと、アリスはピアノの首に手をかけた。


「神様に魔法を使われると厄介だからね。人質でーす!この子、王女様なんだよね!探すの苦労しちゃったよぉ」


「あ、あぁ……!!あ、あなたはなんで、どうして……!!」


 間に合わなかったのか。いやでも、アレスさんの息はある。ピアノも眠っているけれど、命に別状はなさそう。やっぱり、狙いは私の力……。


「余計なことを考えるなヨ」

「……わかっているわ」


 私の心を読んだかのようにリエード先生は、隣から声をかける。もちろん、自分を犠牲になんてしない。今からやらなきゃいけないことが山ほどあるんだから!


 ほんの少し脳裏をかすめた、自分の力と引き換えにピアノを離して欲しいという考えは、リエード先生の一言で消え去った。


「この人、可笑しいわ。人の命を弄ぶなんて……!!どうして、そんなこと……」

「"なんで""どうして"。神様の疑問は尽きないねぇ。僕の方が知りたいくらいだよ」


 なっ……!

 その瞬間、鋭利な刃物が閃光のように顔の横を過ぎ去った!

 部屋に入る前に発動していた『防御魔法』がなければ、頭を刺し抜かれていただろう。

 冷えたはずの身体から、粒になった汗が滴り落ちる。


 左手で魔法を付与した刃物を投げたアリスは、「イラつく……」と呟いていた。続けて声を張り上げる。


「可笑しいのは神様の方さ!!知っているかい?!完全な『防御魔法』なんてこの世に存在すら認知されていなかったんだ!それをいとも容易くやってのける。さっきの『極光魔法』だってそうさ。せいぜい『微光魔法』くらいだろう?なんで君は最上位魔法すら凌ぐ魔法を息するように使えるんだ?!……そこの先生もそう思わないかい?」


「……思うヨ」


 私の表情が険しくなっていくのを楽しんでいる様子で、リエード先生の同意を得る。リエード先生も、そう、思っていたのね……当たり前か。なんだか、胸の奥がギュっていう感じがする。この感情は苦しい?


「もう一度言うよ。可笑しいのは神様の方。神様のこともっと知りたい。ねぇ?……僕に力を貸してくれるよね?」


 そう言った彼は、さらにピアノの首元にある右手に魔力を込めたのだった。




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