64 それで世界が変わるのなら
アリーゼル・ライラから語られる過去はあまりにも惨いものだった。
彼女は我が子を助けるために黒き魔法に手を出してしまったらしい。
黒い瘴気が纏わり付いた魔法が、ライムのもとへ勢いよく飛んでくる。
「…………っ」
片手を素早く振り下ろしすぐに『防御魔法』で防ぐ。
「トードリッヒも、私も……あの子を助けたいだけなの……!!でも、もう無理なのよ!!魔術書は絶望しか生まない……その意味がようやくわかったわ」
早口で語りかけてくるライラの表情は、切迫詰まっているのかくしゃくしゃになっていた。
『創生の魔術書』が絶望を生む……。
アリーゼル・ライラは思い切り両手を振り下ろし、可笑しく嗤う本たちを力強く投げ続ける。
「無理じゃない!レイラちゃんたちは今も希望を持っている!!貴女と一緒に暮らせるようになるのを……心待ちにしているわ!!!」
「あなたに何がわかるのよ!!!本当にそうだって言うの?!……トードリッヒは今も私も待っていて、レイラと一緒にいて……」
「そうよ!!!」
パンっ!!!と『防御魔法』で弾くと、振り下ろしたその手でライラの頬を触った。
冷たい……。
この人はどれほど、苦しい思いをしてきたんだろう……。
そう思ったら泣きそうになった。
「やめて……あなたは、魔術書を解くだけでいい……。そうすれば……」
「今度こそ、レイラちゃんは助かる?」
ライムは語りかけるように優しく声をかけた。
「じゃあ、私が助けてあげる」
「…………っ」
ライムにはいくつもの疑問が浮かんでいた。
誰なんだろう……。
彼女がここまで取り乱し、黒き魔法を使ってまで悪に手を染めるまでここまで追い込んだのは……。
レイラちゃんとライラさんに呪いを与えた魔獣は……。
終わらない絶望を与えているのは……。 人々を絶望に苦しめているのは……。
「教えてほしいの……。トードリッヒさんから聞いていたあなたはこんな悪さをする人じゃないと思うの。学園が崩壊しそうになって黒い瘴気を見た時はびっくりしたけど、本当はそんな人じゃないわよね?」
真っ直ぐに彼女を見る。
いくら彼女がレイラちゃんのことで心を痛めたとしても、ここまでするような人には見えなかった。
無理矢理にでも、力ずくでもそうしなければならないと思い込んでしまうくらい何かがあったとしたら?
この人はレイラちゃんの呪いを解くため、すごく大変な思いをしてきたんだ。
そこにつけ込んだ人がいるのではないかしら……。
「あなたは……強いわね」
私に対する一切の魔法が効かないとわかったライラは疲弊し、顔を歪めていた。
「神様、見習いだからね」
初めて、自分から口にした言葉。
《神様見習い》
腰掛けたライラは驚いたように私を見上げて、
「貴女は本当に……」
「ええ。聞かせてほしいの。あなたを唆した人がいるはずなの。その人を教えてほしい」
「………」
ライラは少し悩んだ様子で、
「……ミザリよ。あの区域は魔術書を使って何かを企んでいる。黒い雨も『ファウト』の監獄を作ったのもあいつら……。私の旦那が魔術書を使ったと知って、私に声をかけてきたわ……。黒き魔法を使って、『創生の魔術書』で今度こそ、幸せを手に入れないかって……」
早口で話しながら、次第に彼女は泣き崩れていった。
黒い雨、『創生の魔術書』の代償で絶望に染まっていた人のための『ファウト』の監獄、黒き魔法……。
全て、ミザリが絡んでいる……。
もしかしたらピアノのことも……。
私はこの力を誰かの為に使いたい。
ピアノと……そして、レイラちゃんと……。
魔術書に苦しむ全ての人々のために。
ライラは涙で顔を濡らしながら、私に言葉を吐き出す。
「本当に……レイラを……レイラを助けてくれるの?」
「うん」
「あの子はね、呪いを受けていて魂がないの。それでも救ってくれる?」
「うん。必ず」
「本当だったらね、諦めなくちゃいけないことなの。わかっていた、黒き魔法に手を出してまで希望を持っていちゃいけないって……でもでも……どうしても……」
「うん」
「あの子を、お願い……」
「わかったわ」
彼女から差し出された『創生の魔術書』を手に取り、結界を解く。
私はその本をゆっくりと開いた。




