63 トードリッヒの記憶(2)
黒く亡骸になったような我が子を抱えてトードリッヒは、自分のできるあらゆる魔法を行使する。
全部、この子が生きて行けるようにするためだ。
「よくもまぁ、囚われの身でそこまでするよなぁ?!『魔法詠唱無効』も解いちまうなんてよっぽどの魔術士だ!しかも……『創生の魔術書』を読んで、まだ希望を持てるなんて大したやつだよ」
カツカツと追いかけてくるのはここ『ファウト』の看守だ。弱い看守らはトードリッヒが片付けてしまったから、今目の前にいるのは余程力のある者らしい。
トードリッヒは世界を作るための魔力を込め、魔法陣も最終段階に入っていた。
『ファウト』では魔法は使えないように管理されていたが、あらゆる黒き魔法を使えるようになっていた彼には意味がなかった。
『隠蔽魔法』も役に立ったようだ……。
ようやく魔法陣も完成に近づき、レイラも取り戻せた。あとは、世界を構築するだけ……。
壁に追い詰められたトードリッヒはくるっと振り返り、看守と向き合う。
「僕はね、この子に生きて欲しいんだ……」
「この子……?!はっ!!何言ってやがる。もう死んでんじゃねぇか」
「死んでは……いない……!!!」
トードリッヒは我が子をぎゅっと抱きしめる。
「黒炭になった赤ん坊をどうするかと思えば……やっぱり、だな。『創生の魔術書』は力が強すぎる。……希望を求めちまう奴らが絶えないんだよ」
「希望を求めて何が悪いんだ……」
トードリッヒはギリッと唇を噛む。
それを見た看守はやれやれと言うように首を振った。
「ここにくる連中はみんな言うのさ。できるかもしれない、まだ希望はある、とね。……だかな、それだけは本当にやめとけ。『創生の魔術書』は希望なんかじゃない。ただの……絶望をもたらす書物だ。俺は絶望の海に溺れた奴らを何度も見てきてる……」
「ははは、ご忠告どうも」
「しかも、あんたは2冊も読んでる。2冊目は……終わらない絶望がくるという」
「話は、それだけか?」
トードリッヒは興味もなさそうな顔をして、魔法陣の起動のための魔力を込める。
「……いや、こんなものを作った神様は意地悪だなと思っただけだよ。『創生の魔術書』を求めてたくさんの人が深淵を覗き、堕ちていったさ」
「そうかい」
彼の周りには黒い瘴気が纏わり付き、2人を包んでいく。魔法陣は光り始め大きな輝きを放つ。
看守は驚いて思わず後退りした。
「すげぇな。……この魔法もだが……代償も……」
「もういい。僕たちは新しい世界で住む。ああ、そうだ……。できれば伝言を頼みたいんだが」
「追われる身でよく言う……。なんだ?言ってみろ。絶望に打ちひしがれるだけじゃないあんたにすこし興味が出てきた」
看守はまるで面白いものでも見るかのようにトードリッヒを細い目で眺めた。
「僕の妻……ライラに。言伝を頼みたい」
トードリッヒからの伝言を聞くと看守はふっと笑って、「確実に伝えるさ。こんなに面白いことはない」と言った。
ーー『世界の創造』
そう唱えた彼の身体は魔法を酷使したからなのか、黒き魔法の代償なのか、凛々しい顔の見る影もなく煤のようにこけていった。
代わりに……なのだろうか。
抱いている赤ん坊には命が芽吹いたように、鮮やかな肌の色を取り戻し、綺麗な蒼い瞳が輝いた。
そこで初めてわかったが、その子は赤ん坊ではなくもう4年は経っていると思われる体つきをしていた。
看守は、もうこの者が幸せを手に入れることはないのだろうなと思い、目を伏せ、トードリッヒたちを背にする。
「俺たち『ファウト』の執行人は、『創生の魔術書』で絶望を手に入れて、気が狂った連中が悪さしねぇように、管理するのが仕事なんだが……、正気があるのは珍しいなぁ。せいぜい……足掻くことだ……」
ぼそっと独り言を口にした看守の背には、もうすでに2人は存在していなかった。
彼は、新しい世界を作ったのだ。
神にでもなったつもりなのだろうか。
神様は……残酷だな。
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トードリッヒは新しいリバーシの世界を創造することに成功した。
まっさらで何もない世界だった。
だが、ここは魂がなくても存在できる世界だ。
だから……レイラも……。
トードリッヒは目の前の少女を見る。
「………………!!!」
レイラが……。
レイラが戻った……!!!!
身体を取り戻したんだ!!!
白髪の髪。
蒼い大きな瞳。
細い手足。
可愛らしい顔……。
夢にまで見たレイラ。
愛おしいレイラ。
我が娘。
やっと、戻ってきてくれた……!!
やっと、帰ってきてくれた……!!
「レイラ……!!あぁレイラ。ライラにも見せてあげたいよ。こんなに大きくなっていたんだね。さぁ、パパだよ。おいで……」
トードリッヒが小さな身体に手を伸ばす。
そっと触れようとする。
「どうしたんだい?固まって?……ああ、今まで目も見えなかったからね。分からなくて当然だ。僕はね、君のパパだよ。おかえりレイラ。ずっとこの時を待ちわびていたんだ……」
顔を覗き込む。
「目を丸くして……驚いてるのかい?大丈夫。少しずつこの世界に慣れていけばいいからね……」
肩に手が触れる。
「パ、パ……?」
「そうだよ、パパだよ」
「パパ……わたしのパパ……?」
少女は驚いたように声を上げる。
ずっと暗闇の中で私の名前を呼んでくれた人……。この人がパパ。
おはなし……できる。いろんなものがある……まっくらじゃない……!!
「パパ……ありが、とう……」
抱きしめた両腕は震え、その顔は涙で濡れていたように見えた。
身体はもとに戻らない。
少女の呪いは残ったまま。
確かに絶望かもしれない。
でもーー今だけは、
今だけは喜びの中に居させてくれ。




