62 アリーゼル・ライラ
「はじめまして、ライムちゃん。なかなか会いに来てくれないから待ちくたびれちゃったわ」
彼女はそう言ってふわぁっと欠伸をする。キリリとした大きな瞳と目が合った。
本当によくレイラちゃんと似ている。
「あの、あなたはもしかして、レイラちゃんの……?」
「ええ、そうよ。母親だった」
「だった……?」
コツコツと高いヒールを弾ませて、その辺に積まれている本を手に取るとパラパラとめくる彼女はレイラちゃんに似て美しい人だ。
でも……。
さっきまでこの人は本になっていた。本から出てきた……?どういうことなんだろう?
「私もね、あの子の為に頑張っていた時期もあったわ。でもね……世の中には出来ることと出来ないことがあるの」
「やっぱり探していたんですね。トードリッヒさんから聞いています。レイラちゃんが助かるための方法を探しているって……。でもなんで、そんなこと言うの……?」
「…………疲れちゃったのよ」
「え……」
「出来ないことなんて、ないといった顔ね?何も出来ない凡人には本当に何も出来ないの……出来ないことばかりよ。努力なんて意味をなさない、初めから結果がわかっていることなんて山ほどあるの。ああ……王女様だったらわかるんじゃないかしら?」
彼女はいったい何を見てきたのだろう。
話からレイラちゃんを探していたのはわかったけれど……。
ピアノのことも知ってるの?
なんで……。
「そんなこと……ないと思います。小さいけれど道は必ずあるわ。探せばきっと……。レイラちゃんのことだって……。私も一緒に探しますから」
「…………はっ」
バタンと思いきり本を閉じる。
彼女は眉間にシワを寄せ、目をつり上げ、わなわなと震えている。
……美しい顔は歪んでしまった。
「それはアナタに力があるからよ!!探しても探しても見つからない!!たくさんの土地を駆け回って、文献を読み漁って、たくさんの人に聞いて……時には犯罪紛いのこともしたわ。でもあるのは頑張ってるっていう自己満足だけだったの……。この苦しみが貴女にわかる?!わからないでしょうね!!!」
「そんな……」
早口で切り裂くように彼女は言葉を吐く。
私は言葉が出ない……。
「『創生の魔術書』を手にしたこともあった。でも私には読めなかった。彼はもう読めなくなってるし……。だから、読める方法を探したわ……」
「読める方法は、あったの……?」
「あったわ……。そう、今ここにいる
……アナタよ」
ぞわり、と背筋が凍った。
同時に周りにある本が宙に浮かび、ケタケタを笑い出した。
『『アハはハはハハ!!!!やっと見ツけタぁあアア!!!』』
「まさか!!」
この本たちは、ピアノと一緒に来た時に見た……。幻覚だと思っていたけれど、
「あなただったのね……。私を探していたのは!」
「今さらねぇ。盗難もして、名前の書いたメモも渡したのに全然気付いてくれないんだもの。……グルウル先生が帰ってきていたのは想定外だったわ」
あ、、あぁ。
……思い、出し、た!
ずっと何か引っかかるような思いだったけれど、この空白……大事な記憶。
旧魔法科学室の盗難事件。
謎のイニシャル……判明した名前『アリーゼル・ライラ』。
先生たちが言っていた、『ファウト』へ牢獄されたという人物。
先生たちの勘違いか、それかライラちゃんのために仕方がなく……と思っていたのに。
「私……あなたのこと、信じてたのに……!!レイラちゃんのこと今も治してあげられるように頑張ってるって……。トードリッヒさんだって!!」
悔しいっ……!!
会えたら一緒にレイラちゃんの為に頑張れると思ってた。
今も探してるんだって思ってた。
私が手助けできればって思ってた……。
「トードリッヒ……?彼は、今何してかしら?」
「あなたの帰りを信じて待っているわ。レイラちゃんのことも、一生懸命守ってる」
「そう」
彼女は悲しく呟くと、
「私はもう何が正しいのかわからなくなっちゃったわ」
と右手を私に差し向け黒き魔法を放ったのだった。




