57 いじわる
「いきなりで、ごめんなさい……アレスさん、あの私……」
「…………」
「学園を去ろうと思うのです」
学園に長くいても出来ることは限られている。
ピアノの命を優先するなら、私には行かなきゃいけないところがあるーー。
あぁでも……。
やっぱり、アレスさんと一緒に居たい。
好きな人と付き合いたい。
その気持ちを全部振り切って、私はミザリに行けるだろうか?
「ずいぶんと急に、ですね……」
「話せないのですが……どうしても行かなきゃいけない理由ができました」
「貴女は……何を知っている?」
表情を少しも動かさないアレスは、威圧ある声で質問する。
「アレスさん……、これは言えないの……」
「……フヒヒ、貴女たちはすぐにどこかに行ってしまいますねぇ。トードリッヒもライラもそうでしたが」
「…………」
「しかし、貴女がそう決断するということは、その行動がピアノ様のためになることなのでしょう?」
アレスさんは鋭い。
私が何を知ってどう考えているかわからないまでも、行動原理を見抜いている。
彼は外を一度見ると、
「ライム殿に一つ、ご忠告を。以前、学園を騒がせた黒い雨のことです」
ライムの眉がピクリと上がる。
え、待って、何の話?
私が知らない情報があるの?
「……実はあれから各地で起きているのです。公にはなっていませんが、小規模の雨がいまもどこかで降り続いています。国の上位魔術師、及び宮廷魔術師、騎士団はその対応に追われていますよ」
「えっ!!」
「学園は……そう言った黒い雨や悪しき情報から身を守る為に別の空間に移設されたのです」
「嘘、何それ、聞いてない!!だって私は被害に遭った人たちを助けようと思って、いたのに……なんで、そんなこと……」
ドンっと立ち上がると白銀の髪がなびいた。
目線がアレスさんより少し高くなる。
「フヒヒ……これも、ピアノ様と若い者を守るためですね。知らない方が幸せなこともあるでしょう……。雨は……以前強さを増している」
驚いたなんてものじゃない。
……衝撃。
確かに学園は移設してから、外界との関わりがほとんどなかった。
ずっと寮で暮らしていたし、娯楽もそこそこあった。
私は国王に言われたように、学園を卒業して魔術書を見せてもらって、レイラちゃんのことを助けるんだと思っていた。
まさか……情報を遮断されていたなんて……。
いえ気付かなかったのは私だわ……。
「なんで……? 」
「これは秘匿情報でしたが……今の貴女はどちらにせよ外界へ行くのでしょうからね」
「今すぐ……!!行かないと……!!」
「ヒヒヒ……貴女1人で行ってどうするのでしょう?」
「助けるわ!!!」
「ピアノ様も……ですか?」
「もちろんよ。全部魔法で片付ける!原因も突き止めるわ!」
早く……早くしないと、助からない人が出てくる……!
あの時みたいに私にしか解けない結界だってあるかもしれない……!
「フヒヒ……その突っ走ってしまうところ……少しピアノ様に似てきましたね。……あぁ、貴女なら……そう言うと思っていましたよ」
アレスはスラッと立ち上がり、ライムの正面に立つと、
「少しばかり……虐めたくなってしまいますね」
「……えっ」
私の背中に大きな手が添えられて、瞬きする間もなくアレスさんの胸の中に。
ーー抱きしめられた。
「…………あっ」
アレスの腕が、胸板が、ライムの身体を包む。
顔をあげられない。
動けない。
苦しい……。
大好き……。
なん、で……?
バクバクと心臓が鳴る。
目をぎゅっと瞑ると、アレスさんの手の暖かさが伝わってきた。
「私も、一緒に行きましょう……」
「……何を言って……?……アレスさんはピアノのことを……」
「ピアノ様には眠ってもらうことにしました。貴女の様子から察するに、このままではピアノ様も危ないのでしょう? 国王に話して許可をもらいますよ」
「………なっ、あの…」
「ヒヒヒ……今日はこのくらいにしておきましょうか」
アレスさんは私を包んでいた手をすっと離すと、いつものように意地悪そうに笑った。




