55 幸せを願っている
(ピアノがしんじゃう……?!)
初め見た時は何の冗談かと思った。
びっくりさせて私の気を紛らわそうとしているんじゃないかと。
でも、……覚悟はとうに決まっている目だった。
まだ驚きと、信じられない気持ちが頭の中をぐるぐるしている。思考することを脳がやめてくれない。
布団のシーツをくしゃっと掴み、悲しみを隠すように顔を覆う。
「お父さんのために、そこまで魔法陣に頼るなんて……」
……わからない。本当のお父さんを知らない私に、ピアノの気持ちなんてわからないんだ。でも、あなたが大切にされてきたことはわかるよ。国王様はあんなに優しい方だったんだから。
だからこそ、疑問が残る。
国王様がピアノをそのままにしておくわけがないのに、未だまだ解けない魔法陣。
それほどまでに強力な魔法陣は、誰が、何のためにーー?
シーツを強く握る手には、ピアノからはめてもらった白い手袋。
ライムはぎゅっと目を瞑り、今起こったことを頭の中で無意識に反芻した。
ふと、トントンと叩く音がして、ゆっくりと扉が開く。
……ピアノたちは自室に戻ったんじゃなかったっけ?
狼狽した様子にシオンたちも心配していたけれど、悪い夢を見ただけだと伝えたら、よく眠れるようにと睡眠花であるサギの花で作った安眠薬をジュエルが持ってきてくれた。商人から色々な余り物をもらうから、と。
もしかして面倒見の良い彼のことだからまた何か用があってきてくれたのかもしれない。が、そこにいたのは予想外の人物だった。
「アレスさん……?」
「食事をお持ちしましたよ。まだ何も食べていないでしょう?ピアノ様も心配していましたよ」
彼は両手のトレーに1人分の朝食を持って立っていた。無意識に鼓動が高まる。
「あ……。ありがとう、ございます。……ごめんなさい。私知らなくて……何も、知らなくて……」
口から出たのは自責の念からくる謝罪の言葉。
それに何の意味もないことはわかってるのに。
アレスさんピアノの寿命のことを知っている。
わかっててピアノの側にいる。
だから今まで知らずにいた自分が嫌になる。
もっと早く気付けていたんじゃないかと。
そして、ピアノのことを考えていたのに、アレスさんを目の前にして少しでも嬉しく思ってしまう自分も嫌だった。
「ライム殿であれば、早かれ遅かれいずれ理解してしまうこと。何も悩むことはありません。ピアノ様と一緒に幸せを送っていただければそれで十分」
心の声を読んだように、さりげないフォローが入る。そんなアレスさんに対して私は疑問を口にする。
「アレスさんは、その、ずっと知っていたのですか?」
相変わらずなポーカーフェイスのまま、彼はゆっくりと意味ありげに微笑む。
「ええ。あの時ほど自分の情けなさを悔いた日はありません。もちろん、今も、これからも。ピアノ様に関しては……彼女の幸せが随一ですからね。しかし今はライム殿の心中をお察ししますよ……」
「…………」
「失礼しても?」とライムに目配せして手前にあるテーブルにトレーを置くと、椅子を持ってきてライムの斜め横に腰掛けた。
足を組み、カチャリとメガネを上げる。
「…………」
「先ほどもお伝えしましたが、私はピアノ様の幸せを一番に考えています」
「…………」
ただアレスさんの言葉を待つ。
「私は、、ライム殿の幸せが、ピアノ様の幸せになると……そう思っています」
「…………」
真剣な表情で、綺麗な瞳で、
「ですから、貴方とお付き合いさせて頂こうかとおもうのです」
言葉がなかった。
思わずばっと顔を上げて、アレスさんの方を見た。
彼は真っ直ぐに私の瞳を見つめていた。




