54 ピアノの過去
ホシラ王国第一継承権を持つピアノ・アルケーノ。
ルドルフ・アルケーノ国王の実の娘であり、次の王国を担うはずの立場。
ルドルフには息子ができなかったため、この国ではピアノに王になる権利が与えられた。
だが、それは叶わぬ夢となる。
彼女には物心ついた頃にアレスという護衛が付き、有名な武人や芸術家などから完璧な英才教育を受けてきた。武芸、勉学、裁縫、舞踊……。王女として必要なあらゆる知識と経験が彼女に与えられた。
ただ、何故か魔法だけはほとんど使えなかった。
使えたとしても少しの補助魔法だけ。
彼女は焦ったがそれ以上に他の部門で懸命に追いつこうとした。
魔法が使えないというレッテルを貼られ、周りからの心ない声には何度も病みそうになった。
アレスは"ピアノ様にはそれを補う程の器用さがある。できるところを伸ばしていけば必ず素敵な王女様になれる"と背中を押してくれた。
実際に彼女は物覚えも良く、何でもこなし、各著名人からは賛美の声が絶えなかった。
ーー彼女は努力した。
全ては父に尽くすため。
父のようになるため。
彼女は誇らしかったのだ。
立派な父を王に持ち、自分も父のように民衆を魅了し、尊敬され、畏怖される存在でありたいと思った。
魔法は使えなくとも、必ず父のようになるのだと、幼い頃から決意を抱いて生きてきた。
ーー彼女は努力した。
ーー彼女は努力した。
しかし、努力すればする程、焦燥と絶望が胸の中に蔓延る。
こんなにもかけ離れているものなのかと。
こんなにも届かないものなのかと。
父がいかに優れているかは目の前で見てきて十分に知っているつもりだった。
だが、漠然していた色鮮やかな景色はよく観るとあまりにも複雑でまるで手の届かないものだった。
自分がいくら努力しても作れない景色だと……悟ってしまった。
特に魔法を使えないのは大きな痛手だったと思う。
魔法力やアビリティの有能さは民衆の憧れる国王に
は必要不可欠だった。
『努力しても報われない』
そんな言葉が頭の中を過ぎる……。
もがいてもがいて……いくら頑張っても先が見えないのなら、果たして頑張る意味は……あるのだろうか。
(私はいったい何のために……)
次第に美しい滑らかな金髪はくすみ、ラベンダー色の鮮やかな瞳は曇り、目の下にはくまができ、豊満な肉付きは痩せ細り、端麗な顔はこけて頬骨が浮き出て、見る影もないほどに彼女は変わり果ててしまった。
ルドルフもアレスも大変に心配し、魔法心理士や治癒師、特殊病理師などが次々と彼女のもとを訪れたが、効果は得られなかった。
そんな時だった。
魔法科学発展区ミザリからやって来た者からある提案があった。
「身体に魔法陣を埋め込みませんか?」
「まほうじん?」
白いフードを頭まで深く被った老人だった。
今回は魔法が使えないことと体調を崩してしまったことの関連性を調べに来たはずだ。
確かミザリで有名な魔法病理検査師と名乗っていた。
「ピアノ様が望むなら、でございます」
「パパに聞いてみてもいい?」
椅子に丸い腰を掛けながら老人が提案すると、彼女は潔く即答した。
わからない時、迷った時はパパに相談するのが一番なのだ。
全てを見通す目を持っている父。
もう、なんでもパパに聞けば間違いない。
ーーパパが全て……。
彼女は身体だけでなく、思考もすでに廃れていた。
考えることも、意見を述べることも、ただ億劫だった。
パパのために、ただ成すことを成せばいい。
そのための自分の意見はいらない。
けれど、
「国王様には内緒でございます」
「なんで?」
「絶対に反対なさるでしょうから」
パパに決定権を委ねることはできなさそうだった。
すぐに断ろうかとも思ったが、その話はなんだか魅力的に思えた。
「内容を……聞いても?」
その内容は自分の寿命と引き換えに、父の命や魔法力を何倍にも強固にするものだった。
しかも、私が死ぬとさらに何十倍もの効果が発揮されるという!
老人はフードから口元だけを覗かせてゆっくりと教えてくれた。手はしわしわで身体もヒョロヒョロなのに知的な雰囲気を持つ声だった。
「具体的には、ピアノ様の魔力回路の原点に一番近い胸元に魔法陣を記します。魔法陣はピアノ様の生命力を特殊な魔力に変換。変換された魔力は一時的に胸元の魔法陣へ蓄えられますが、国王様への供給は任意で行うことが可能でございます。その魔力によって国王様は膨大な魔法力を得るでしょう」
「つまり……私の命がパパの役に立てるってことなのね!!!」
「えぇ、間違いございません。ございませんが、ピアノ様は自分の命が惜しくないのですか?」
「全く!!」
「国王様やアレス殿が心配されるのではございませんか?」
「大丈夫でしょ!!だって、パパはいつも他の国とか区域に出かけて忙しそうにしてるし、アレスだって皮肉ばっかりだもん!」
この頃のピアノは父が彼女のために各国を渡り、治療法を探しているのだとまだ知らなかった……。
アレスも最初だけで彼女に自分の心配を気付かせてはいなかった。
故に、彼女はその決断に至ってしまった。
「魔力の供給は任意と言いましたが、ある程度まとまっていた方が量も質も良いのでございます」
「どういうことかしら?」
「死亡するまで国王様に魔力供給しない場合、今まで培ってきた分よりさらに強大な魔法力、そして特殊アビリティも得ることができるでございましょう」
「とくしゅアビリティって??」
ピアノは食い気味にフードの老人から情報を聞き出していく。
聞けば聞くほど、素晴らしい魔法陣だとわかった。
本当だとしたら私の命でパパをもっともっと強くできる……!
「アレス殿に教えて頂いたのですが、国王様の『全知王色』。生物のあらゆるステータスを見通すお力。これに"未来を見通すお力"も得ることができるでしょう」
もちろん、アレスが王のことを話す筈がない。
国王のアビリティの全容は側近のアレスと娘のピアノと限られた者しか知らない。
……先の言葉はピアノを説得させる為の老人の嘘だった。
「やるわ……!私、パパのためになりたい!!」
「それは頼もしいお言葉でございます。魔力供給は分割になさいますか? それともまとめて?」
「たくさんあげられたらそれに越したことはないもの! 私が死ぬ時にまとめてでいいわ!!」
その言葉を聞いた老人の口元が僅かに動いたのは気のせいだったか。
老人の言葉はあまりに甘美だった。
ピアノが受け入れるのに時間はかからなかった。
すぐに死んでしまっても良かったが、生命力が特殊な魔力に変換されるまで少し時間がかかるらしい。
(それまで少しはめを外してもいいかもしれない。)
(……もうなくなる命だし。)
周りの人たちも魔法陣を見ても思っていたよりも反対しなかった。
ピアノの変わり果てた身体を見て、近いうちに命が尽きてしまうことを察していたのだろう。
尽きる命だったら、国のためになった方がいいと思ってしまったのかもしれない。
パパやアレスは気が狂うほどに反対していたけれど、もう私の気持ちは変わらない。
やっぱり私の命はパパのためにあるのだと思った。
(……あぁ、嬉しい。)
やっと私は自由になれる。
やっと生きていく理由を手に入れた。
愛する父のために死ぬことが
私の存在意義になった。




