47 一枚の紙
「魔法硝子を使うつもりはありませんでした。まさか、あれほど強い幻影だとは思いませんでしたし……ライム殿に何かあってはいけませんからねぇ」
アレスさんは意地悪そうに……いや、意地悪そうな顔をしているけれど実際は違う。
先生たちにも意地悪……だけど、間違ったことは言っていない。
上目づかいでそーっとアレスさんを見上げる。
キラリと輝く金色の瞳。
瞳の中を覗いていたら、ピタリと目が合ってしまった。
「…………っ」
わわわ、目を晒しちゃった。
変に思っただろうか。
護衛してくれてるのに嫌われちゃったらやだな……。
アレスさんはいつも守ってくれる。
奇怪な笑う本からも助けてくれた。
魔法硝子で助けてくれなかったら、本当にどうなっていたか……。
ピアノとアレスさんはただの幻影に見えたんだろうけど、私にはとても……。
「王のご意見とはいえ、ずいぶんな対応だナ」
オレンジ頭の人は頭をかりかりしながらふぅーっとため息をつくと、
「結局、魔法硝子を使ったのはお前さんだロ? その場にいたってのカ? そこのお嬢さんと?」
「ヒヒ、助けに行ったのですよ。ねぇ、ライム殿?」
顔を歪ませながら、こちらを覗き込んでくる。
うわ、さっきの言葉は撤回。
やっぱり意地悪。
ライムは頭をかかえて、振り絞った声を出す。
「そ、あ、ごごめんなさい……。肝試しに、行きたくって……」
ピアノのことは伏せておいた。
名前を出しても結局王女様のことだからと有耶無耶されるだろうし。
てか、怒られるのやだよぉ……。
「はははっ!!ずいぶん肝が触っているのじゃな!それはそれは肝が冷えるような恐ろしい幻影だったんじゃあないかい?ああ、それをアレス先生が助けたのか!」
「はい……本当に怖かったです」
髭を蓄えた年配のおじいちゃん先生が豪快に笑う。
……答えるのがく、苦しい。
私に質問しないでぇ〜。
どこかで絶対墓穴を掘る気がするもの!
「……魔法硝子は宮廷魔法師が扱う魔法道具の一つね〜。魔法のアビリティを一つ硝子に埋め込み、それを砕くことで発動〜。私もぜひこの目で拝みたかったです〜。でもね〜、護衛だからって多忙のアレス先生の手を煩わせちゃうのは駄目よね〜」
「だな!しかし、ずっと解決できなかった幻影魔法をこうも呆気なく解除できるなんて宮廷魔法師様々だ!」
「そうそう、もっと早くやってくれたら良かったですね〜」
可愛らしいゆるふわの先生と、いかにも自衛団をしているかのように筋肉がついているムキムキな先生が談笑を始めている。
「わしゃあなぁ!ここの廊下を通るのが非常に怖かったぞい!!なぁ!!アレス先生よ」
そこに大きく口を開けて話すおじいちゃん先生が割って入った。
「緊急性がありませんでしたので……ヒヒヒ。そして、盗難事件とはどのような?」
「そうじゃった、そうじゃった。ついさっきだな。いつものように第一練の第3級倉庫に用があったんじゃが廊下を通るときにな、……怖くなかったんじゃ!」
「いつもびびりながらだもんなぁ!ガノール先生は!!わっはっはっはっ!!」
「笑いすぎだロ」
ガノール先生の発言に筋肉ムキムキの先生がまたガハハと笑い、それに素っ気なく対応するオレンジ頭の先生。
話を聞くと、ガノール先生と呼ばれたおじいちゃん先生は怖がりで有名だが、昨晩廊下通った時に恐怖を感じず可笑しいな、と。
実際に恐る恐る行ってみたら魔法硝子の痕跡があった。
魔法硝子を扱えるのは宮廷魔術師だけだから、アレス先生のものではないか、と。
そこで、盗難された後も発見したと。
どうやら盗難事件は、私とピアノとアレスさんが幻影魔法を解除した後にあったらしい。
「でな! 魔法硝子の痕跡を追ってひぃひぃ言いながら部屋を見回ってな……あ、褒めてくれてもいいんじゃぞ。でな、怪しい様子もなかったもんだから、部屋を出たんじゃ」
「へぇ、それデ?」
「部屋出た後なぁ!!わしゃあ腰が砕けると思うくらい、怖かったんじゃ! 寒気にやられた! あの感じ……ありゃあ、『黒き魔法』だ!!」
「ガノール先生!!!」
突然、ゆるふわな先生が声を上げた。
「その言葉は禁句ですー……」
「ああ、わるいのう」
ガノール先生はしまったという顔をして、申し訳なさそうにしている。
その会話で気付いた。
……やっぱり黒き魔法は疎われているんだ。
カナリア先生が黒き魔法の象徴だと私の髪の色を咎めたみたいに、割と、いや結構根が深いものなのかもしれない。
「……それで、物が盗まれていたんですね」
「そうじゃ、本は荒らされ備品も殆ど持っていかれた。どうやって侵入したかも検討がつかん。ただな……」
「あん? なんかあったのか!?」
ムキムキの先生がずいっとガノール先生に接近する。
「紙切れじゃ。魔力の痕跡から見るにおそらく、犯人の名前じゃろう。紙から似た魔力を感じられた……」
ガノール先生がそっと懐から一枚の紙切れを出す。
先生たちはそれを見ようとぐいっと囲んで覗き込んだ。
私も背伸びをしてその文字を見た。
『L』
そこには名前の頭文字と思われる字が書いてあった。




