46 再び
召集がかかったのは上位クラスの教職員。
学園放送は指定された人にしか届かないはずだけど、どうやら私も当事者のようで。
昨晩のことを思い返せば、周りの先生たちに周知されるのも当然ね。
トードリッヒさんの幻影魔法が破られたと話題になっているらしい。
「あれは……アレス先生の友人の遊び心ではなかったのですか?」
なのに何故こんな事態になっているのだろう。
「どうやら、私たちの他に侵入者がいたようですねぇ」
アレスさんは位の高い教師だから、放送が聞こえてから紅茶を零すくらいに慌てた様子で旧魔法科学室に向かった。それくらい一大事ってことなのかしら?
手袋は外すわけにはいかないので汚れたままだ。あとで『清掃魔法』でもこっそりかけよう。
アレスさんは私のはめている手袋をちらちら見ながら、例の部屋へ足を進めている。
ーー熱くないから大丈夫ですよ。濡れてるのが嫌だけど。
「アレス先生、お待ちしてましたよ。ライムさんも……」
古い扉をギギギと開けると、前と違って旧魔法科学室には何人かの先生が集まっていた。
灯りも行き渡り、部屋の雰囲気も明るい。
が、目についたのは……ずいぶん荒らされた跡だった。
重なっていた本は四方八方に散らばり、たくさんあった小物類と装飾品がなくなっている。
「部屋は散乱していますが、噂のような怖い部屋ではないですよ」
キョロキョロしていた私を不安がってると思ったののか、強面の先生から話しかけられた。
学園で何度かすれ違ったことがある。
確かビショップクラスの先生だ。
彼は部屋のそれぞれに集まった先生たちに顔を向け、柔らかい雰囲気で言葉を続ける。
「皆さんに集まってもらったのは他でもない。長年にわたり学園の奇怪事件として噂されていた幻影魔法が昨晩跡形もなく抹消されました」
「そして……ここには、黒き魔法の痕があるのです」
先生たちの間にどよめきが走る。
「来てもらったのは、事実を確認するため。そして、アレス先生には何点か聞きたいことがあります。旧魔法科学室にあった魔法硝子の痕跡。おそらくアレス先生の物でしょう?……これについてご説明頂きたいのですよ」
「………ヒヒヒ、やはりバレてしまいましたか」
「こちらにはグルウル先生もいらっしゃってますから」
「おや、長期休みだったはずでは?」
「私からお願いして来てもらいました」
「おやおや……いけませんねぇ」
アレスさんは焦った様子もなく、仕方がないというふうに首を振る。
「緊急事態と聞きました……」
「それは事実ですね……フヒヒッ」
部屋の隅からぬっと出て来たのは長髪で目元まで隠れているグルウルと呼ばれた先生。
そして、その隣のオレンジ色の頭をした奇抜な先生も口を開く。
「盗難事件についても、だロ?」
「ええ。まず、事情を聞いてから事実と照らし合わせてみましょう。なに、アレス先生を疑っているわけではありませんが、ライムさんにも入学当初から不明な点は多いのです。隠蔽魔法の痕跡もありましたし、完全に信用はできませんから」
「そうかイ。あんたに任せるヨ」
オレンジの人はスッと後ろへ一歩下がって、鋭い目つきで私の方をじろじろ見る。
私は疑われている……のか。
隠蔽魔法は実力のある人にバレるってことだったけどやっぱり……。
ガタガタと肩が震える。
悪いことはしてないのに、プレッシャーがすごい……。
いったい何を聞かれるのだろう……。
旧魔法科学室で盗難があったこと。
幻影魔法が解かれたこと。
黒き魔法の痕跡。
アレスさんと私のこと……。
おそらくこの辺だろう。
「まずは……」
「なんでしょうか、ビャクロク先生」
ビャクロク先生は有無を言わせないような怖い顔でアレスさんに尋ねる。
「幻影魔法相手にあなたが本気で阻止している状況も気にはなるのですが、まずはライムさんのことです。アレス先生はライムさんの特別教師だそうですね」
「ヒヒヒ……ええ。それが何か……」
ビャクロク先生は私とアレスさんの関係性が気になるようだ。
「それは王からの任務なのでしょうね」
「……おお、さすがはビャクロク先生です」
「何故黙っていたのですか?」
「話す必要もないでしょう……?フヒヒ」
「………っ」
アレスさんはからかうような表情でビャクロク先生を見る。
アレスさん……やっぱり性格悪いよ……。
「せっかくなのでお話しましょう」
黒メガネを光らせ、ゆっくりとした口調。
先生たちはゴクリと唾を飲む。
「ライム殿は……王の謁見が済んでいます。そして私はピアノ王女と並び、ライム殿の護衛をせよと王から仰せ付かっています」
一言。
その言葉一つで、先生たちの表情は一変した。
「これがどういうことかお分かりにならない先生方はいないでしょう……ヒヒヒ。まずは私たちの信頼問題は解決ですな」
「それは本当か」
「な、なんで今まで黙っていたのですか!」
「おやおや……」
先生たちは口々にアレスさんに詰めかけた。
王への謁見。
万能の先見の目と見通す力がある王へ対面するということは、自分の全てを曝け出すということ。
嘘、偽り、改竄。
それらは王の前では無意味だ。
そしてさらに護衛がつくということは、それなりと価値がその人にあるということを意味する。
と、アレスさんは教えてくれた。
そんなに力のあることだったんだ……。
「ライムさん……申し訳ありませんわ」
私の髪色を言及していたカナリア先生は私の近くに寄ってきて、顔色を悪くしている。
カナリア先生も上位クラスの先生だったらしい。
……髪色は染めちゃったし、特にもう気にしてない。
「いいえ」
「しかしあなたが、王と対面しているなんて。髪色が急に変わってしまったから、何かあるとは思っていましたが……」
「カナリア先生……王の力?のことは先生方はご存知なのですか?」
「それが許されるのは私たち上位クラスの教職員だけよ。知らない者は王と是非とも会いたいのでしょうけど、私たちからすれば逆ね」
カナリア先生はアレスさんのことを気にしながら小さな声で言った。
「あなたが知っている通り、王はなんでもお見通しなるわ。やましいことをしていなくっても、自分のあれこれを知られるのは嫌だもの」
「……なるほど」
待って。
ということは、私も王様に見られた?
私が『神さま見習い』のステータスがあることもお見通し……?!
ま、まさかね……。
アレスさんは続ける。
「それと、何故初めから言わなかったかですが。ライム殿の公表は然るべき時に、いくら教職員だろうと不穏な動きを警戒せよと王はお考えです。フヒヒ!」
「なっ……」
「アレス先生。つまり、それを伝えていなかったのは私たちを監視するためだということですね」
「そうです」
「…………」
「それと、魔法硝子のことですが……」
アレスさんはビャクロク先生が落ち込んでいるのを気にも止めずに淡々と話した。