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45 トードリッヒとアレス




「君にこれを預けたいんだ」


 そう言って奴は小さな鍵を懐から出して見せた。


「なんだ?」


 金色に光るその鍵には膨大な魔力が込められていた。

 それこそ、何年経っても廃れないような何があっても壊れないような強力な魔力が。

 ……なんだこれは。


 奴はフフフと笑って寮の窓から外を眺める。


「僕たちももう今年で卒業するだろう? 何か爪痕を残したくってね」

「トードリッヒ、お前が悪戯好きなのはわかるが、これはいったい何の真似事だ……?」

「いや、なに。これから学園に入ってくる生徒に遊び心を、と思ってね……。これを誰かに渡してほしいんだ」



 こいつはいつも掴みどころのない奴だった。


『幻影魔法』を得意とするこの男はあまりにも優秀だったが、幻で散々好き勝手しては教師たちを驚かせていた。


 ある時はまるでトードリッヒが2人いるかのように幻を作って授業をサボったり、ある時は巨大なドラゴンが来たと皆を驚かせたり……。


 だが、そのアビリティは大変魅力的で王都からは一番に働かないかと勧誘が来ていた。


「お前も宮廷魔術師になるんだ。下手なことはできないぞ……」


 じっと見つめるが、奴に私の真剣さは伝わっていないだろうな。


「ははは、小さい頃から王宮に仕える君から言われちゃあ何も言い返せないね。先輩」

「冗談じゃないんだ。王は何でもお見通しになる」


 これだけの魔力が込められている鍵を預かることはできない。

 悪用されたらたまったものじゃない。


「何も害はないよ。大丈夫。ただ、どうしても君にお願いしたいんだ。君にしかできない」


 そこまでのことなのか。


「………聞くだけ、だぞ」

「僕がさ、もし死んじゃって、」

「は? まだ死なんだろう?」

「ははは、いずれ人は死ぬだろう?で、学園に僕の『幻影魔法』を打ち破れる人間が入学してきたらその子に渡してほしいんだ」


 うむ……適当に笑ってはぐらかされたな。

 なぜ、と聞いてもきっと答えてはくれないのだろう。


「渡すだけか?」

「そう、渡すだけ」


 奴は憂いた目でいつもはめているグローブを見つめると、


「とびきり大きな『幻影魔法』をかけておいたから」


 とまた笑って見せた。

 悪ふざけをした時のいつものあの顔だ。



 翌年、学園は魔法工事が入った。

 古くなった第一棟の建物の隣に新しく第二棟を建てたのだ。学園もずいぶん長い歴史を持つ。


 それに合わせて奇妙な噂が流れるようになった。


『第一棟には幽霊が出る』


 その年から学園の特別補佐並びに王宮魔術師となった私はすぐに奴の仕業だろうとわかった。

 本当に害はないようだったから、教員たちも見て見ぬフリをしていたようだ。

 解けない幻なんてもの、手がつけられないからな。


 そう。

 魔法科学室には今もトードリッヒの魔法が残っている。

 そして、何かを隠している。


 それが何なのか。

 私にはわかる術もない。




===




「紅茶、ありがとうございます。あの……鍵は……トードリッヒさんから受け取ったものだったのですね」

「ヒヒヒ……いえいえ。話も長くなるでしょうしねぇ。ええ、その通りです。あの鍵は私たちが学生だった頃、トードリッヒから譲り受けた物。ライム殿は本を読んだと聞きましたが……どんな内容だったのですか?」


 特別学習室。

 防音魔法が施してあるこの部屋は、特別な指導が必要な学生のために解放されている。


 彼女には授業が終わった後に来てもらった。

 入れた紅茶を立派なテーブルにコトンと置くと、私たちは向かい合って座った。


 王からは授業以外の魔法基礎知識と扱い方を教えるようにと仰せ使ってきましたが、今回は少しばかり状況がよろしくないようですから。


「本の最初のページには『深淵を打ち破る手立てを記す』と書いてありました。でも……」

「…………」

「読めるけど、伝えられないんです。ピノには読めなかった。だから、伝えようと思って読んだけど……えと」


 まさに謎ですねぇ。

 そんなことなどあるのでしょうか。

 アレスは顎に手をやる。


「内容は覚えていますか?」

「はい。えと、変に思わないでくださいね……『◇pき€9△○am?&@#……』と」


 ……ヒヒヒ。

 彼女はなんと?


「……もう一度」

「その続きは『$4****やjO/#』です……」


 旧魔法言語でもない。他の国の言語でもない。


「……やっぱり私だけ読める文字とか聞こえた声とか、幻とは思えないんです……あの、笑い声だって……」


 俯きながら彼女はギュッと白い手袋を握りしめる。

 幻ではないのだろうと勘付いてからは、何かに怯えているようですが……。


 奴は……トードリッヒは、何かを残した。

 ライム殿にしかわからないこと……。

 共通点でもあるのでしょうか。


 ふと、ライムの手袋に目が移った。

 奴はいつもグローブをつけていましたね……。

 まぁ特に可笑しなことでもない。


「…………」

「あの……」


 おや。

 タイミングが悪いですね。

 アレスはニヤッと笑う。

 ピリッとした魔力を感じたのだ。


『学園放送!!!学園放送!!!教員は至急旧魔法科学室へ来てください。繰り返します!教員は至急旧魔法科学室へ来てください』


「?! アレスさん!」

「何かあったようですね」


 嫌な予感がします。

 旧魔法科学室は先日ライム殿たちが訪れた場所。

 ずいぶんと急を要するようで。


 ガタッ。


「あっ!」


 椅子を立ったと同時にアレスは持ち上げた紅茶を溢してしまった。


「おや、失礼致しました」


 謝罪し、テキパキと溢れた紅茶を片付ける。


「い、いえ、大丈夫です。アレスさんの方こそ大丈夫でしたか?」

「ええ、それより……手袋。汚れてしまいましたね。新しいものをご用意致しましょうか?」

「あ、だ、大丈夫です!」

「遠慮せずに」


 ライムのはめていた手袋は薄く染みになってしまっていた。

 アレスはライムの側に寄ると腰をかがめて手を握り、手袋を外そうとする。


「い、嫌っ!!!」


 ライムはバッと手を振り解いた。


「いや、ちが、ごめん……なさい。大事な手袋で……。ああそれよりアレスさんは早く旧魔法科学室に行かないとですよね!」

「…………ええ」


 ライム殿、やはりあなたは何かを隠している。

 奴と同じように。

 何かを知っている。


 しかし、こうもあからさまに嫌がれると胸がチクリとしますな。


 ヒヒヒ……。

 アレスは不吉に笑みをこぼした。


「ああそうですね。では、ライム殿も一緒に参りましょうか」




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