44 幻影魔法
『『あはハははは! お前エおまエ、邪魔ダねェえー!!!』』
「ずいぶんと煩わしい笑い声ですね……ヒヒヒ」
両目に濃い隈を作っているアレスさんは軽くあしらうようにニヤッと笑ってみせると、懐から小指くらいの薄紫色の丸いガラスを取り出した。
アレスさんはそのガラスを銀の指輪をつけた親指と中指で挟むと、
「……少し黙っていてください」
とパリンと音を鳴らしながらそれを押し砕いた。
アレスさんの指の間から、細かくなったガラスの破片がパラパラと零れ落ちる。
『『『あはハははは!!!!……残念/nザんね#んダネぇ%e神ノ子まタねェ!!!!』』』
割れたガラスからは魔力が溢れ、口を広げた分厚い本たちはけたたましい声を出して苦しみやがて静かになっていった。
私たちにまとわりついていた黒い瘴気も消えていく。
あんなにヒリヒリするような圧力がアレスさんの行動によって一瞬で消えていった。……まるで初めから何もなかったかのように。
私は思わず黙ってしまった。
アレスさんは私たちに何をさせたかったのか……聞いても、いいのかしら?
いや待って、助けてくれたんだからまずお礼をするべきだよね。
迷っていたら何だか後ろからじりじりとしたプレッシャーを感じる。
ゆっくりと顔だけ振り向く。アレスさんも気付いたようだが、表情はいつもと変わらず何を考えているかわからないようなニヤニヤ顔だ。
彼女はぷるぷると体を震わせて静かに立ち上がった。
「………ちょっと………!!!どういう事なの、アレス!!!!」
そりゃまぁ、怒るわよね。
気持ちわかるわよ、ピノ。
心の中で静かに思う。
ピアノの身体にはアレスのアビリティである『追尾魔法』がかかっている。
黒い雨の事件で無効化されてしまった魔法も、アレスによって改善されていた。
ピアノのピンチの時には護衛であるアレスさんが登場するようになっていたのだ。
ピアノはなんで危険なところに私たちを連れてきたのか怒っているのよね。
……でもピアノの口からは予想外の言葉が出てきた。
「私はまだ戦えたわ!!!来てくれるのはいいけど、魔法硝子を砕くのは早いわ!」
へっ?
「……幻影でも精神的にお苦しいかと思いましてね」
「そ、そんなわけないじゃない!!! もう少しで謎が解けたかもしれないのに。あ!というか謎を解かせる気がなかったのね!」
「フヒヒ、それはどうでしょう?」
アレスさんは意地悪そうに笑う。
「もう!!……過保護すぎるのよアレスは」
「分かっていますよ」
アレスさんは返事をするものの、ピアノの怒りについては特に気にも留めてないようだ。んんん?幻影??
「……あれ? ピアノは危険だと分かってて鍵を渡したアレスさんを怒ってるんじゃないの?」
「……アレスがわざわざ危険なところに私を行かせるわけないじゃない。そもそもここは学園よ、危険なものはすぐに優秀な先生たちによって発見、そして排除されるわ」
ピアノは「もう……いつも良いところでアレスが邪魔するのよね」とぶつぶつ言っている。
アレスさんはスタスタと私の方に寄ると、じっとりと話し始めた。
「全て、幻影魔法ですよ。ライム殿。私の友人が残した遊びでね……。お渡しした鍵も狂気じみた本も幻です。ピアノ様はどうしてもスリルを求めているようでしてね、ヒヒヒ困ったものです」
「幻影魔法……」
「ええ、あやつは……幻を見せて皆を驚かすのが好きだったものでね。その名残です……。学園でも幻だからと許容されていました」
私、その人知ってる……。
「その人って……」
「…………」
答えを言おうとしたら、アレスさんの人差し指に唇を塞がれた。
「んぐ」
「その話は秘密にしておいた方がよろしいかと」
そ、そうね……。
ピアノのもいるし、あの人のことはアレスさんにしか詳しく話していないんだっけ。
んんん、アレスさんの人差し指って長いんだなぁ……。何故か胸がひゅっとした。
「ささ、寮に戻りますよ。消灯時間は過ぎています、私も怒られるのは懲り懲りですね……」
私たちは寮に戻るとアレスさんはピアノを送り届けて、私も部屋まで送ってもらった。
木製のドアに手をかけて部屋に入り、アレスさんに「おやすみなさい」と声をかける。
「あっ……そうだ、アレスさん」
「……なんでしょう?」
「あの本たち私のことを、『神の子』って言ったの。あれも幻影?」
「…………!」
「鍵がかかっていた本の内容も、真実じみていて本当だと思っちゃったわ」
「…………」
「『****』だったかしら? あの人はなんでもお見通しなのね……。えと……アレスさん?」
わっと、話し過ぎたかしら。秘密ねって言われたものね。
だってね……いくら幻影って言ったって、神の子見つけたーなんて言われたら気分がいいものではないわ。
ミザリの研究者に見つかった、なんて洒落にならないもの。いくらなんでもスリルがありすぎよ。
そんな風にさっきのヒヤヒヤした出来事ことを思い出していたら、アレスさんは目線を外して怖い声で
「私には……あの本たちが笑っているようにしか聞こえませんでしたよ」
と言った。




