43 瘴気
深淵を打ち破る手立てっていったい……。
そもそも深淵って何かしら?
ああそうだ、『創生の魔術書』にも書いてあったわね。
破壊・逃避・怠惰を司る黒き魔法を使った者が堕とされるという深淵。
私も堕ちるかもしれない深淵。
『創生の魔術書』は警告を鳴らしている。
それを打ち破る手立て……?
そして、アレスさんの名前。
この本は……。ざらっとした本の表紙を撫でる。
「もしかして、アレスはこれを私たち……いえ、ライムに見せたかったんじゃないかしら」
ハッとした。
「この本を書いた人はアレスに鍵を託して、その鍵を私が受け取ったのだから……そういうことになるわよね。私は『創生の魔術書』を見てないからわからないけど、何かの解決策があるってことよね!!」
ピアノは「何かの助けになるのね!」と目の前にある未知の文献に目を輝かせている。
アレスさんが私に見せたかった……?
それにしてもずいぶん酷い仕打ちだわ。
刺激臭に刺激痛、爆音に幻覚だもの。見せたかったのなら直接伝えればいいのになぁ。
何にせよ、被害を受けるとわかっていたに違いないし、私が『魔法抹殺』できることも知っていたのね。あとで聞いてみないと。
やれやれと首を振りながら、また本のページをめくる。また青い文字だ。ところが、
「何も書いてないわよ?」
とピアノが呟く。目をパチクリして不思議そうに本を見つめている。
「へ?ピアノ?ここに書いてあるわ……」
ん?
ピアノ何を言っているの?
ほらここに……。私は滲んだ文字が見えるように指差す。そしてそれを言葉にする。
『◇pき€9△○am?&@#……』
「は……ライム……? 何言って……?』
私の口から出たのは言語とは言えない、ただ意味のない文字を羅列したかのような言葉。自分でも何を喋っているかわからない。ここにちゃんと、書いてあるのに!
「……嘘、え、ちゃんと読んでるわよ?! 一文字ずつ……『%、#、kこ……』え、なんで……』
「ライム……何か、書いてあるのね。あなたにしかわからないような言葉が、ここに……」
読めない。どうして……。私だけ、読める?
何かに気づきかけた時、部屋中の本たちから奇妙な違和感が溢れた。
違和感……というか、これは……。
「ねぇ、ライム。なんだか寒くない?急に……」
ピアノは肌を擦り、白い息を吐く。
凍えて声も細くなる。
「……っ!!ピアノ!!!!私の後ろに隠れて!!!」
嫌な予感がする!!
咄嗟に声を張り上げる。
小さな違和感は気持ち悪い狂気に変わった。
「ひゃっ」すぐにピアノの肩をぐいっと掴み遠慮せず後ろへ下げる。もちろん魔法を展開する準備も。
さっきまで、魔力反応はなかった!
でも突然、本から……。
目を見開き神経を研ぎ澄ませたところで、驚いたことにライムたちを囲んでいた本たちは、声を上げたのだ。
『『ニヒヒひヒッ!!!アハはハハッ!!』』
「……………っ!!!」
『『『見つケた見ツけた視つケタッ!!!!神のコ!深淵のコ!黒いあのコを見つケたよォ!!!!!』』』
本の中から黒い渦が蠢き、溢れ出そうとしている。
乱雑に置かれた本の束は、口を開き、ケタケタと甲高い笑い声を上げている。
「………っ、あ……」
驚いて声が、出ない。
どうする。害はある?攻撃してくる?
ピアノを守らなきゃいけない。魔法を使う。黒き魔法は使えない。何の魔法を?ピアノをすぐに助けなきゃ。この場から逃げなきゃ。魔法。何が。何か……。ああ……。
頭の中がぐるぐると駆け巡る。
「ライム!!!」
……はっ!
余計なことは考えないで!とにかく防御魔法を!!!
「『物理魔法防壁』!!」
『『遅いネぇえ!!アハはハハ!!!』』
物理魔法防壁が展開される前に黒い渦がライムたちを飲み込もうとした。覆いかぶさる黒い瘴気。
私の魔法が間に合わなかった!
「ピアノーー」
瘴気がピアノに触れーー
バチンッ!!!
触れる寸前のところで、何かに弾かれた。
ーーいや、何者かに。
『『ナニ何なァに???』』
『『お前ハなァに???』』
「ピアノ様、そしてライム殿。遅くなり申し訳ありません」
立っていたのは酷く疲れた顔をしたアレスさんだった。




