30 側近アレスとピアノ王女
「アレス! 悪いんだけど、明日ライムを迎えに行ってくれないかしら?」
アレスとピアノは先程、ライムの家から王宮へ戻ってきたところだった。
ピアノはライムの無事を聞いてから、ホッとした様子で表情も明るくなったように思う。
「フヒヒ……ピアノ様、申し訳ありませんが、私は貴女様の側近ですよ? お忘れですか?」
ヒヒ……ピアノ様はまったく……人使いが荒い……。
私はピアノ様から離れるつもりはないと毎回お伝えしているのに……。
これでは国王にお叱りを受けてしまいますね。
「ライムはね、自分のことを隠したがっているみたいなのよ。見ず知らずの護衛をつけたって、怖がられるだけだわ。せめて知っている人がいいと思ってね」
「ピアノ様は寛大でありますな。ご命令とあらば致し方ありません」
あとで国王に叱られに参りましょう……。
前回のようにピアノ様の追跡魔法陣が消えるなんてことが起きないように、念入りに魔法をかけておかなければなりませんね。
……王宮から出ないで頂くのが1番なのですが。
そう思いながら、きっちりした姿勢のアレスは隣で椅子に腰掛けているピアノを見る。
ピアノは両手に頬をつけて、何か考えているようだ。
アレスはピアノーーもといピアノ王女の側近である。
アレスは幼い頃から宮廷魔術師の器があると見込まれ、それ相応の訓練を積んできた。
しかし性格が一癖あったからか、あまり近づく人もいない。
アレスはずっと1人で訓練を続けてきた。
そんな中、国王より直々に魔術師としての実力を認められたのだ。
王女の側近を任されたのは、ピアノがわずか5歳の時であった。
側近も楽な仕事ではない。
ピアノ王女の護衛、つまりは身の安全を任されているのだが……昔から一つ問題があった。
ピアノ王女は……非常に好奇心旺盛だった。
この前はスラスルナの試験を受けると言って、勝手に学園区まで足を運び、黒い雨の事件に巻き込まれてしまった。
フヒヒ……毎度毎度、ピアノ様のわがままにはなにぶん手を焼かれますな。
スラスルナのグループ試験でピアノ様とご一緒だったライム殿。
そのライム殿の行方が1ヵ月ほどわからなかったのですが……。
ライム殿が行方不明になったと聞かされた時のピアノ様は、本当に大変でございました。
身分を隠して王都中を駆け回り、兵士たちには捜索願いを出し、権力行使する次第でありました。
それでもーーライム殿の手掛かりは全く掴めなかったのですが。
「それにしても、ライムが無事で安心したわ……」
ドレスに着替えたピアノは椅子に腰掛けて、メイドが用意した紅茶に口をつける。
「ピアノ様はライム殿のことをとても気に入ってなさるようですね」
「当たり前よ! だって命を救われているのよ! 何より可愛いし、魔法陣だって直してくれたし……」
ピアノはしまったと言う風に、ハッと口を押さえた。
その顔は薄ら青くなっている。
「ほう……やはりピアノ様の追跡魔法陣を修復したのはライム殿でしたかヒヒヒッ……」
「い、今のなし!!」
「ええ、もちろん。なかったことにしましょうね……」
「絶対うそ! アレスはそうやって、いつも嘘をつくんだから……。ライムの魔法力はバレちゃいけないんだから、本当に忘れてね!」
「フヒヒ、ライム殿の魔法力は……隠すほどに素晴らしいのですね」
「ひえっ」
ピアノは両手で顔を覆って、泣きそうだ。
少し、いじりすぎてしまいましたね。
アレスはくくっと笑って、「申し訳ありません」と言った。
しかし、ライム殿ーー。
なんとも不思議な少女です。
あの体格で15歳。
私が描いた魔法陣をいとも容易く修復してしまう、魔法力。
何故か隠しているその力。
極め付けに、『創生の魔術書』を探しているという!
アレスは細長い指先で黒い眼鏡を上げて、フヒヒと薄く笑う。
「うえ、アレス……。今の笑い方は少し気持ちが悪いわ」
「それは失礼しました」
「でもね、ライムがどう思ってるかわからないけど……ライムは本当に大事な友達なの。
アレス。
一生のお願いよ、ライムのことを守ってほしいの。
あの子絶対無茶をするタイプよ」
ヒヒヒッ……「一生のお願い」は小さい頃から何度も聞いてきましたが……ライム殿のことはやはりよく見ていますね。
流石王女様です。
アレスは腰を深く折りながら、
「かしこまりました。
王女様の願いとあらば、必ずやお守りしてみせましょう。
ただ、何かあった場合ピアノ様のことが最優先されますからね」
と静かに答えた。