27 シオンの心内
なんでこの子はこんなに怯えてるんだろう?
黒の中に白いメッシュが入っている髪。
深く赤い瞳。8歳くらいにも見える小柄な女の子。
あれ、この試験って15歳からだよな?
俺が話かけると、ビクッと肩を震わせて消えそうな声で「だ、大丈夫です」と言った。
全然大丈夫じゃないだろ。
俺は人の仕草を見て、気持ちを知るのが得意だった。本気になれば、その人が思っていることを知ることができたから、この子がすぐに嘘をついているとわかった。
それに……
『束縛魔法』からの派生スキルだと思われるこの『心中暴露』というスキル。
人の心を読むスキルだ。
捕まった敵は嘘をついてでも逃げようとする場合があるから、本来は束縛した敵に騙されないようにするためのもの。
このスキルは敵はもちろん、味方だって誰だって使える。
言葉では不安の色を見せないようにしているようだが、この子は明らかに緊張していた。
無理もない。
魔獣なんて、そうそう出会う相手じゃない。
初めての戦闘で緊張しない方がおかしい。
……ああ、心配だ。
少しでも不安が和らぐようにと彼女の頬に手を添える……。
すると、彼女はますます怯えた目をした。
……しまった!
逆効果だったようだ。
今にも泣きそうな顔をしているぞ……。
こういう時、オーウェンだったらどうするだろうか……。
考えても仕方がないな。
このままじゃ試験を突破できないかもしれない。
とにかく、この子には補助魔法をかけてもらって俺があのガルガラを押さえつけようと思う。
そのことを彼女に伝えるとコクンと頷いた。
実力は計れなかったが、補助魔法は使えるようだ。
時間もないし俺は走り出して、ガルガラに向かう。
彼女も右手を添えて魔力を込めている……。
よし、いける!
そう思った。
ーーだが、彼女の様子が突然おかしくなった。
頭を抑え、ひどく苦しそうにしている。
どうした?
何があった?
攻撃を受けたのか?
彼女の息は荒く、顔色も急に悪くなり、両手で頭を潰してしまうんじゃないかというくらい強く抑えていた。
俺は急いで駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだが目の前の小柄な彼女はまた、
「大丈夫です」
と言った。
もちろん嘘だとわかったし、虚勢を張っているのだと思った。
なんでかな?
そんな彼女を見て、不意に抱きしめそうになったんだ。
オーウェンが近くにいたら、絶対変質者扱いされていたな。
だって不安な中でこんなにも頑張っている……。
なんとかして、この試験を突破させてあげたい。
安心させてあげたい。そう思った。
ーー彼女は必死で魔法を使ってくれた。
俺が再度ガルガラに向かって走り出すと、気付いた時にはすでにガルガラの後ろに回っていた。
おかしい、俺はこんなに早くは動けないぞ!!
明らかなライムの違和感にはすぐ気付いた。
周囲の魔力が異様に膨れ上がっていたし、その割にはライムはケロッとしていて、まるでこのくらいの魔法なんて大したことないという風に軽やかに魔法をかけたのだ。
この、魔法は……ブーストなんてレベルじゃないぞ!
俺が驚いたのも一度や二度じゃなかった。
ピアノの魔方陣を修復したり、『瞬間移動』で試験会場に戻ったり……。
そう、黒い雨の事件の時だって……。
===
俺が森へ向かった時にはもう事は解決していた。
あれだけ強大な魔法が解除され、結界もなくなり、黒い雨も止んでいた。
ほとんどの人が生きていたそうだ。
俺の親友オーウェンも無事だった。
不思議だったのが、生きている人は皆、五体満足でかすり傷一つなかったこと。
黒い雨の形跡は散り一つなく、森は元の状態に戻っていたこと……。
……ライムだ。
ライムがみんなを救い、魔法を解除し、事件を解決に導いたのだ。
疑いようがなかった。
ライムの魔法の『色』は他の奴らとは違うから、来て見てすぐにわかった。
俺はライムに心酔しそうになったさ。
そりゃあ、あれだけ規格外な魔法を見せられたんだ。
拝めたくもなる。
それよりライムは……ライムは大丈夫だろうか。
あの子は、確かに強い力を持っているが、心までそんなに強くない。
強い魔法力を持っているからって、無茶をしているんじゃないのか。
「シオン……。君、酷い顔してるよ?」
寮で自主訓練をしている時に、オーウェンから心配そうに声をかけられた。
そんなに酷い顔してるか、俺?
「ああ、グループ試験の時に一緒だった子に連絡がつかなくてな」
もう何度もライムの家に行ってるが、いつも不在だ。いったいどこに行ったんだこっちは感謝の言葉じゃ足りないくらい、お前に恩を感じているのに。
「……もう一度、その子のところに行っておいでよ。寮長には僕が話をつけておくから」
「…………」
「心配なんだろ? じゃあ、すぐ行ってくればいい」
「オーウェンは決断が早いな……」
「君はグズグズ悩み過ぎなんだ」
家にはいない。
だったらどうするか、もう答えは出ているのに……オーウェンの言う通りだ。
「…………」
「僕はその子がどんな子か知らないけど、大切なひとなんだろ?」
「大切……」
「君の顔を見ればわかるさ! ほら、早く行ってきて!」
「ああ、ありがと……な、オーウェン」
俺は何度もライムの家に出向き、その周辺もくまなく探した。
俺らは必死になって、ライムを探したが1週間2週間経っても、見つからない……。
だからライムが何事もなかったように家に帰った時は、本当に、本当に……。
感謝の言葉と、喜びと、いろんな気持ちでいっぱいになった。




