26 決意
「学園区は確か……今年の試験は中止になったはずでしたね」
トードリッヒは残念そうに言った。
そうだ。
黒い雨の事件があってから、受験者の精神面も考慮して今期の試験は先送りになったんだった……。
それに伴って試験体制が見直されている。
「なんとか……してみます」
ライムは真っ直ぐな瞳で答える。
私がーー必ずレイラちゃんとトードリッヒさんを救ってあげたい。
他人に迷惑ばかりかける自分で在りたくない。
この魔法が誰かの助けになるなら、いくらでもこの力を差し出そう。
さっきだって、少しだけどトードリッヒさんとレイラちゃんを助けてあげられた。
その時ちょっとだけ気持ちがほわってしたのを覚えている……。
「おねえちゃん、どこかにいくの? たいへん?」
いつの間にか隣に来ていたレイラちゃんが、ライムに話しかける。また心配してくれているみたい。
「大変じゃないよ。 楽しいこと、探してきてあげるね」
「ほんと!? ありがとう、おねえちゃん!! レイラ、たのしいのだいすき!」
レイラちゃんはニコニコしながら、ライムの手を握った。その手はひどく冷たかった。
私はね……悲しみから目を逸らしている。
今でも、逃げられるなら逃げたいよ。
何も考えずぐーたらできるならそれが素敵。
でも……私は周りに迷惑をかけると心がズキズキするんだ。
悲しい顔をしている人を見ると、悲しいんだ。
悲しい顔より、笑った顔がいい。
だから、みんなが幸せになって
そしたら私はぐーたらできるよね!
ライムはふふっとと笑って、黒い髪を耳にかけた。
===
その後、トードリッヒさんから今後暮らしていく中での注意点をいくつか教えてもらった。
黒き魔法はーーデメリットが大きすぎる魔法だから、極力使わないことにする。
『存在希釈』
『瞬間移動』
『空間破壊魔法』etc.
なんでも、ネガティブな感情から生まれる黒い魔力がスキルとなって発現されるらしい。
私ってそんなに凹んでたのかな……。
トードリッヒさんが言うには、私は人よりあり得ない程の魔力があるからスキルやアビリティが発現しやすいんだって。
ただ、なんでもできると思っていた魔法もどうやら有限らしい。
「あなたにお渡ししたいものがあります」
トードリッヒさんはそう言って、魔法陣が描いてある小さな黒い箱を開いた。
「これは……?」
「魔法測定器の上位互換、魔法開示版……『黒のプレート』と呼ばれています」
ジャラッと取り出したそれは、黒く平べったい金属でできていて手の中に収まるほど小さいプレートだった。プレートは鎖で繋がれていて、首にかけられるようになっている。
「銀色のものだったら、教会で見たことがありますね」
「銀のプレートは一般的に使われてるもので測定にも上限がありますが、黒のプレートはライム様程の魔法力でも測ることができますよ」
「ライム様は規格外ですから」と言ってトードリッヒはプレートをライムの細い首にかけた。
ライムはかけてくれたプレートを手にとってみる。
……ん?これなんか変?
組み込まれている魔方陣の色が統一されていない。
上書きされたような痕があった。
「これ……何か細工がしてありますね」
「流石、ライム様です。プレート内部の魔方陣まで気付くとは……。これから学園区に行くとあらゆる場面で情報の開示が求められるでしょう。これは、ライム様の力を隠すためのものですよ」
どうやら、他人から見ると嘘の情報が表示されるようになっているらしい。
確かに私の情報がそのまま開示されてしまったら、何されるかわかったもんじゃないしね。
このプレートはとても助かる。
他人には戦闘においてサポーターが使える『補助魔法』のアビリティが開示されるようになっていた。
「魔法の使用はなるべく控えて、使うとしても最小限にしてください。かなり抑えれば、疑われることもないでしょう……」
なんだかトードリッヒさんにしては不安そうな声が聞こえた。
だ、大丈夫ですよ!
「じゃあ、いってくるね、レイラちゃん」
「おねえちゃん、またね! こんどいっしょにあそぼうね!!」
レイラちゃんの笑顔が眩しい。
「どうか死なないでくださいね」と、ゆっくり話すトードリッヒさんは私を最後まで見送ってくれた。