24 トードリッヒの記憶(1)
トードリッヒは王国の宮廷魔術師だった。
それは何年も前のことであるが、彼の実力は魔術師の中でもトップクラスだった。
彼の放つ幻影魔法は多くの敵を惑わせ、幾度となく王国に貢献する。
トードリッヒは宮廷魔術師として働く中、同じく王宮魔術師であるライラという女性と恋に落ちた。
幻影魔法を度々使い、現実と幻の狭間で精神を痛めていたトードリッヒを彼女が癒してくれたのだ。
そしてまた彼女もトードリッヒの魔術師としての力と、正義感に惹かれていく。
しかし、幸せも束の間だった……。
「今回、君は呪獣との戦闘を辞退してはくれないか……?」
なんでも、呪師を取り込んだ魔獣が王国に向かってきているのだそうだ。
力は強大だが少数であるため、位の高い魔術師たちだけで対処することになったのだ。
もちろん、トードリッヒとライラにも召集がかかっている……。
「なぜ? 私は辞退するつもりはこれっぽっちもないわ」
「なぜって……君は……」
「確かにあなたの魔術師としての力は尊敬している。でももしあなたがまた幻に侵された時、誰が助けるって言うの?!」
「それは、何とか自分でするさ。僕が言いたいのは……そう、君のお腹に赤ちゃんがいるから、無理をしてほしくない……」
ライラはすでに身篭って数ヶ月が経っていた。
「嫌よ! また貴方が心まで傷だらけになるのは見たくない! 無理はしないと約束するわ、だから、一緒に居させて欲しいの……」
「駄目だ…。王国側は軽視しているかもしれないが、呪いを扱う魔獣なんて初めてのケースだ。前例がないということは、対策も不十分かもしれない。 不安定要素が多い中に、君を連れて行けない」
その呪獣は禁忌を犯した呪師を取り込んでおり、呪術を使うかもしれないとの報告だった。
戦闘に出る者は皆、呪いよけの魔具をもっていくことになっている。
しかし、トードリッヒは妙な引っ掛かりを覚えていた。呪獣に思考能力があるかわからないが、無闇に王国に突っ込んでくるだろうか?
王国は十分な戦力があるのに……。
確証が持てない考えは、王国の耳に入れてもらうことさえ叶わない。
だからこそ、ライラにはここに残っていてほしい……。
「ライラ……頼む」
「……貴方がそこまで言うということは、何かしら思うことがあるのよね……わかったわ」
良かった、とトードリッヒは素直にそう思った。
あとは、王国側に承諾をもらうだけだ……。
王国側もそこまで辛辣な対応はしないだろう。
今までの貢献もあるしな。
戦闘は困難を極めた。
思っていたより呪獣の力が強大だったのだ。
『魂喰い』
人々はそう呼び、呪獣を恐れた。
トードリッヒ魔術師たちも力を尽くしたが、その呪獣に力及ばない。
トードリッヒの願虚しく遂に、待機している魔術師たち、剣士たちにも召集がかかってしまった。
「ライラ……無事でいてくれ……!!」
王国全力の兵力により苦労しながら呪獣を抑え込むことができたものの、被害は甚大だった。
ーートードリッヒがライラのもとに駆けつけた時にはすでに遅かった。
ライラの指先は黒く変色し、顔の輪郭はボヤけてぼろぼろと黒い粉のように崩れ始めていたのだ。
見るからに呪いの効果だった。
ライラの胸元にかけてあった呪いよけの魔具は、魔術が組み込まれた宝石の部分だけ無造作に割れている。
物理的に壊されたのだろう。ライラの相手した呪獣は余程頭が切れる奴だったらしい。
先に魔具を壊して、対呪いを無効化するなんて!!
トードリッヒの顔は酷く歪み、ライラをそっとおこす。
「ライラ!!!あぁ……、ライラ、どうして……!!」
「ごめんなさい、あなた……」
「僕が守らなきゃいけないのに……、あぁ……」
「ごめんなさい……。もし、私がダメでもこの子はどうか……。名前はそうね、レイラってどうかしら?」
「…………っ!」
後悔してももう遅い。
呪いの進行は始まっている……。
「僕が……なんとかする」
===
「そこで、私は呪いを肩代わりすることに決めました……」
カラフルな配色だがマッドなソファーに腰掛けているトードリッヒさんが、ライムに静かに告げた。
ライムはトードリッヒさんから過去にあったことを話してもらっていたのだ。
「呪いを肩代わりして、だからトードリッヒさんはその体になったのですね……」
「しかし、呪いは一つだけではなかったのですよ」
悲しそうにトードリッヒさんは続ける。
「ライラの子どもも呪いを受けていました」
「レイラちゃん……」
「魂がなくなる呪いです……まさか、親と子に一つずつ呪いがあるなんてね。呪いを肩代わりして、レイラにも呪いがあるとわかった時は……それはもう……」
トードリッヒさんは言葉を濁したが、声が震えている。
その後のことは詳しく聞けない……。
母と子。それぞれに呪いを受けてしまったトードリッヒさんの心情はきっと私が想像するよりも、辛いはずだ。
「……つまり、私もレイラも現実の世界キャロルでは生きられないのです」
言葉が出なかった。
「だから私たちは『創生の魔術書』の力を借りてリバーシの世界を作り、さらに母親であるライラはレイラの呪いも解こうとしているのです」
そう言って、トードリッヒさんはとある本の1ページを開いて見せてくれた。
ーー『創生の魔術書』は全5巻からなる、最上級魔術書である。
魔力を流し込むことで、その事項に関する知識を得ることができる。
第1巻 ラクリマの伝記
第2巻 神について
第3巻 黒き魔法
第4巻 世界の在り方
第5巻 魂の所在
著作は神に仕える記録者が記録し、魔術書とする。
神が入れ替わるたびに、新たな魔術書が作成されているーー
「第3巻の黒き魔法……は、さっきの本ですよね」
「はい。ライラは第5巻を探しています。魂について何かわかれば、レイラの魂も復活させることができるのではないかとライラは思ったのでしょうね」
ライムは神妙な面持ちでその本を眺めた。




