23 創生の魔術書
「この本……なんだか知ってるような気がする」
青い背表紙に触れようとすると、ピリッと痛みを感じた。この本を守るための魔法がかかっているんだ。
隣にいるトードリッヒさんは私の様子をじっと見ているようだ。……手にとっても良いだろうか。
私もじっと見つめ返すと、トードリッヒさんは静かに頷いて、
「どうぞ」
と言った。「じゃあ……遠慮なく」とライムは、複雑に絡み合っている魔法陣をパチン!と強制解除して、その本をそっと手に取る。
ずしりと重たい。
そして何故か目が離せない。
『創生の魔術書……』
「ええ、その通りです……この魔法陣を解けるなんて……やはりあなたは……」
『これは……』
トードリッヒさんは何かを言いかけたようだったが、うまく聞き取れなかった。
ペラペラと本をめくると私にはわからない文字が羅列されていた。
これは……魔力を通して直接内容を理解する必要がある。
なぜ、それがわかったのかはわからない。
誰かの記憶を覗いているように、脳裏に浮かんだのだ。
緩やかに魔力を通すとライムの辺りを青白い光が照らし始め、不思議なことにその空間だけ強い風が吹いた。
魔導書はさらに青い輝きを増し、本の内容がライムの脳に直接流れ込んでくる。
『創生の魔術書 第3巻《黒き魔法について》』
ーー第1章 黒き魔法とは
黒き魔法とは、負の感情から生まれるものである。
黒き魔法とは、破壊、逃避、怠惰を生むものである。
黒き魔法とは、絶大な魔法力を有するかわりに自己を深淵へと導く。
最後に黒き魔法を受けた者は魂の消失を免れられず、絶望を知る。
・口外してはならない。
・燃やしてはならない。
そしてこの本を手に取った者は、運命が深淵へと向かっていると心得よーー
やがて風と青い光は収束し、魔導書に回帰していった。
ライムの手には、まだ薄く光る魔導書が握られている。
いくつもの情報がライムの頭の中に収集されたのだった。
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「おねえちゃんのね、まわりにねかぜがびゅーってふいて、ピカー!ってひかったんだよ!!すごいねぇ!」
ぬいぐるみを抱きしめたレイラは興奮気味で、レイラに話しかけてきた。
「ふふふ、レイラちゃんもとってもすごいわよ」
レイラちゃんと話をすると、気持ちが少し和らぐ。
あの本は……私にとっての警告だった。
黒き魔法。
おそらく、さっき魂なき者である骸骨たちに向けて放った魔法のことだろう。
空間破壊魔法は光が見えないような本当の闇だった。
もしかしたら……私、他にも使っているかもしれない……。
トードリッヒさんが教えてくれた死に近づくという存在希釈の魔法も、黒き魔法?
あとは……??
そう考えると背筋が凍った。
深淵って何?
今まで受けたことよりももっと辛い?
「……レイラちゃんあのね、おねえちゃんは楽しく過ごしたいなって思うんだけど、どうしたらいいのかなあ……」
思わず出た言葉だった。
こんな力本当はいらない。人並みの幸せがあればそれでいい。
でも、もう後には引き下がれないーー。
こんなに小さい子に聞いてもどうしようもないことなのに。ほら、レイラちゃんもきょとんとしているわ……。
レイラはそのきょとんとした顔で、ライムに聞いた。
「おねえちゃんは、だいじな人いる? レイラはね、パパがだいじ! パパがいるとどんなときでもたのしいの! パパがいたくなっちゃっって、レイラもかなしいときあるけど、それでもたのしいほうがたくさんなの!!」
「大事な人……?」
「うん!!」
レイラちゃんの目はキラキラしていた。
そっか。レイラちゃんは、この世界で無理しているのかと思ってた。
本当に楽しんでいるのかもしれない……。
ライムは自分を育ててくれたお父さんのアズライムやお母さんのフレアを思い出した。
どちらも大切な人だ。
そして、一緒にいて心強かった人たち。
守らなきゃって思った人たち。
シオン、ジュエル、ピアノ……。
「あのね、おねえちゃん……」
レイラが小さい声で何かを抑えるように話し始めた。ライムは優しく、「なぁに?」と聞き返す。
「あのね……。ひとりは、さびしいよ」
「そう……だね」
レイラちゃん……寂しい思いをした時があったのかな。
私、私は……。
みんなに迷惑をかけたくない、傷ついてほしくない。
それは変わらない……けど、それ以上に
……寂しかったのかなぁ。




