21 レイラの秘密
「ライム様……助かりました。あなたにお願いしたいことというのはこのことです」
崩れた身体をライムの修復魔法で治してもらっているトードリッヒは、娘のレイラに見守られながら緩やかに話し始めた。
黒く細い指先はレイラの小さな手によって握られている。トードリッヒの表情は……黒く塗りつぶされていてわからない。
「魂を失った者たちはもはや意志もなくただ彷徨い、魂を羨望し、理性がないため魂ある者を襲うのですが……。あまりに膨大な数の者が押し寄せてきていましてね」
「しんでしまった人がここに……?」
「死んでしまった者のうち、魂を失った者が、です。なんらかの魔法で魂を抜き取られてしまったり、呪いにより魂が元々ない者が拠り所の肉体を失った時、この場所に行き着きます」
「でもね、パパはタマシイ、ある、よ? パパ、つよいよ!」
青い瞳を輝かせて大きく手を広げたレイラは、ライムに意気揚々と教えてくれた。
「ふふ」とトードリッヒは嬉しそうに笑い「ありがとう、レイラ」と呟く彼は本当に人間のようだった。
真っ黒で影のような外見からはとてもそうは感じられなかったから、ライムは申し訳なく思ってさりげなく目を伏せたのだった。
「トードリッヒさんはその、どうしてこの世界で戦っているのですか?」
大方治ってきたトードリッヒの腹部から手を離し、ライムは率直な気持ちを質問した。
トードリッヒさんはリバーシの世界の管理人と言っていたが、命を賭してまで戦っている理由が気になった。
「……娘のためです」
トードリッヒは長くて平べったい手をレイラの頭の上に乗せて優しく撫でる。
レイラちゃんのため……?
でもトードリッヒさんはさっき、レイラちゃんは骸骨たちには襲われないはずだって言っていた。
それってーー?
「もしかして、娘さんが骸骨たちに襲われるはずがないと言ったのは……」
「そう。ライム様は勘がいいですね。レイラは死んではいないが魂がない。魂なき者をに襲われることは滅多にありませんが……レイラはね、現実の世界では生きられないのです。ここに閉じ込められている。……私は、娘を守るためにここにいる」
いつの間にかトードリッヒの話し方は柔らかくなっていた。しかし、芯のある話し方だ。
「レイラね、タマシイがね、ないの。でもねでもね、たのしいよ!パパがね、ガイコツやっつけてくれるの!でね、かわいくておっきいたてものつくってくれるの!!」
レイラは立ち上がって手をいっぱいに広げ、無垢なニッコリした笑顔でライムを見つめる。
その事実にライムは言葉が出なかった。魂がないなんて……。
こんなに可愛らしい子がずっと閉じ込められているんだ。
「ライム様が悲しむことはありませんよ。貴方様には十分すぎるほど助けていただきました」
ライムの前に片膝をついたトードリッヒは言った。
「えっ……!?あっ!!」
ライムは口を押さえてハッとする。
私には魂がある。つまりーー。
私が魂なき者に襲われるということがトードリッヒさんにはわかっていたんだ。
「私をここに連れてきたのは……私に、骸骨たちをやっつけてもらうためですね?」
「ふふ、その通りです。しかし、最初に会った骸骨たちは幻ですよ。そうでもしないと、来て頂けないでしょう?」
幻たちに騙されちゃうなんて……。魔法も使ったのにおかしいな。
まぁつまり、トードリッヒさんは対処できないほどの魂なき者がくるとわかっていた。だから、リバーシの世界にも来れて魔法力もある私に声をかけたそうだ。
そこで、ライムは思う。やっぱりーー。
「あの、トードリッヒさん……私はーー、半分しんでますか?」
私は存在希釈を使っているから死に近づいていると、トードリッヒさんは言っていた。
……もう一度、確認しておきたい。
「そうですね。しかし、3分の1くらいですよ」
3分の1……。それがどの程度なのかはわからなかったが、もう今後は常時存在希釈を使わない方がいいのは目に見えている。
今だって、少しずつしかし着々と死に近づいている。
「ライム様が助けてくださって本当に助かりました。お約束は守ります。私にわかることは全て、ライム様にお伝えしましょう」
「お願いするわ……」
聞きたいことがたくさんある。
「その前に……」
「その前に?」
「この空間の歪みをなんとかできませんか?」
トードリッヒは困り果てたように、空の垣間から見える森の景色を指さした。




