2 ぐーたらの弊害
ーーぐーたらするのが好きだ。
裏庭で取れた果物を頬張りながら、朝日を浴び、外をぷらぷらと散歩する。
裏庭の私の小さな畑。
カカの木の実がもうすぐで実りそう。
そっと手で包むと、カカの実特有の甘い香りが鼻まで届く。
ぶらりと外の光を浴びて散歩を済ませたら、再びベッドへダイブだ。
ベッドは常に魔法でふわふわにしておいている。ふわふわは最高なのだ。
滑らかな生地が肌に吸い付き、すぅーっと息を吸い込むと暖かい日差しの匂いがする。
「これで、悪夢さえなければ最高なんだけどなぁ……」
最近割と痛々しい夢ばかり見る。
もしかしたら、現実にあったことなんじゃないかとも思うのだけれど、それは気にしないことにしている。
所詮、夢。
こうやってぐーたらしている分には全く問題のないことなのだ。
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そんなぐーたらな日々を過ごしてきたが、夢の内容はかなりハードになってきて、朝起きるのが辛い。
「はっ……!!」
耐え難い激痛と苦しみ。
そろそろ、なんとかならないかしら………。
目をゆっくりと開けると、いつも通りの天井、布団……そして鏡には汗でびっしょりの自分の姿があった。
私はホシラ国の辺境にある地で義父と義母とともに暮らしている。
確か今日は……スラスルナの入学試験だった筈だ。
「ライムちゃんー!そろそろ行かないと間に合わなくなるわよー」
「あ、あ、うん! 今行くわ」
太陽を見るとすでに試験が始まりそうな位置だった。
急いで汗を流し、服を着替え、親が作ってくれた簡単な食事を済ませると、荷物を肩にかけて部屋を飛び出す。
本当だったら、家からスラスルナ区まで馬車で半日はかかる距離だが、私には関係ない。
「行ってきます、お父さん。お母さん」
この歳になるまでずっと家に引きこもっていたけれど、もうそんなことを言っていられない。
15歳で入学試験を受けるのは義務なのだ。
様々な土地から優秀な人たちが集まる学園に入学できたら、将来は安泰。
学園から、知識、教養、魔法力があると認められるのだ。ほとんど職には困らないだろう。
本音を言うとお家でぐーたらしたかったんだけどなぁ。
そんなことを考えながら、全身に魔力を込め行き先をイメージして一歩を踏み出す。
『瞬間移動』
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『わぁ、おっきい……!』
まるで巨大な白いお城だ。
立派な門をくぐると、広場は沢山の人で賑わっていた。
中央の部屋は吹き抜けになっていて、天井のステンドグラスから陽の光が差し込んでいる。
ガヤガヤと騒いでいる人は皆、ローブを着ていたり、長いマントを羽織っていて、何人かは騎士のようだ。
『わ、もしかして試験は始まっているのかしら?』
だとしたらまずい。
「47番!47番はいるか!」
「は、はいっ私ですっ」
私の番号。
マスクを被った試験官らしき人がじとりとした目で、手招きしている。
遅れたのがまずかったかも。
「………?」
指示に従い、試験官の近くまで行くと向かい側に硬く閉ざされた檻が見えた。
「これは……」
「これは魔獣用の檻だな」
「えっ」
振り返ると先に到着していたと思われる、背の高い男性が立っていた。なんでわかったんだろう……。
彼も名前を呼ばれ、前へ試験官の前へ歩み寄る。
「48番、前へ!」
「はい!」
「この試験は2人1組で行う。47番のライムと共に魔獣ガルガラを倒すこと。制限時間は10分。魔法はいくら使ってもいいが、補助魔法を必ずどちらか使うことが条件だ」
試験官が何か合図をすると、檻の下に敷かれていた魔法陣が起動し、魔獣が姿を現した。
その男性は、魔獣の様子を確認した後、目線は私の方に来て、少し驚いたような顔で頭から足の先までジーっと見つめた。
「あっ、えと、何か……?」
あまりにもじっくり見つめられたので、つい目を丸くしてしまう。
「君、補助魔法は使えるよね?」
「は、はいっ! 魔法だったら何でも使えます……!」
「何でも、か。自分に奢りすぎるなよ?いや待て、本心……か?」
男性は何か考え込むように唸っているが、すぐに心配したような表情になる。
「……本心ですけど」
「それより、ずいぶん幼いみたいだが大丈夫か?」
「がんばります!」
(もう15歳だけど!)
両手で拳を作って見せると、男性は穏やかに微笑んだ。
「俺が先に出て魔獣に一撃を入れよう。そうだな……君は簡単な移動魔法をお願いしてもいいかな?」
「はいっ、ま、任せてください!」
こんなに間近で男の人と話したのなんて久しぶりかしら……。バクバクと心臓が音を立てている。
なんて、ぐーたらの弊害ね。
「大丈夫だよ。魔獣は試験用に飼いならされているんだ。それほど、恐れなくていい」
「わ、わかりました……」
ドキッと心臓が跳ねた拍子に、思わず身体もビクッとしてしまう。
「…………?」
(冷や汗、かしら?)
男性と話して緊張しているからかもと思ったけれど、なんだか汗の量が尋常じゃない。
なんだか、背中まで湿っぽい気がする。眩暈も、少し……する。