19 私って何者なんだろう
私たちは窮屈な裏路地のような細い道を歩いている。両側には、赤、白、黄色、オレンジ、青、緑と言った様々な色の建物が所狭しと並んでいる。
窓は全て閉め切っていて、閑散としていた。
霧も深い。
トードリッヒはどこに向かっているのだろう……。
とにかく私は私のことが知りたい、ライムはそう思った。
前に聞いた感情度のことや、存在希釈のこと、なんで私がみんなより魔法が使えるのか……。
彼なら、知っているかもしれない。
しばらく歩くとベンチや滑り台、ブランコがある小さな公園が見えてきた。
相変わらず、密集した建物は続いているが……。
ここに来て初めての人影があった。
「パパっ!おかえり」
「おお、レイラ……!待たせたね、いい子にしてたかい?」
「うん!」
えっ!パパ?!
「私の、娘なんだ。もうすぐ4歳になる。レイラ、こんにちはって言うんだよ」
「こんにちは。へへ」
その子はレイラと言った。
ショートカットの灰色の髪に、くりりとした大きな深いブルーの瞳。外見は普通の女の子だ。
「こ、こんにちは。レイラ」
それより、こんな人間離れしたトードリッヒに子供がいる方が驚きだ。
トードリッヒさん……って呼ぼう。
「ああ、レイラ。パパはね、お仕事に行かないとなんだ。だから、もう少しここで遊んでいてくれるかい?」
「レイラ。さびしい……。だけど、パパにいってらっしゃいする……!」
「いい子だ……!」
トードリッヒは腰を下ろしてレイラを抱きしめる。
それはトードリッヒの外見を考えなければ、普通の親子のようだった。
「ライム様。失礼しましたね、さて参りましょう。もうすぐそこです」
「おねえちゃん、またねー!」
レイラは元気に手を振っている。
……あんなに可愛らしい子がどうしてここに?
「失礼だけど……あの子は、あなたの実の子なの?」
「ええ、人間である頃は血の繋がった娘でしたよ。私はこの世界にいるうちにこんななりになってしまいましたが、元は人間です。レイラには本当に辛い思いをさせています……」
トードリッヒは心配そうな声色で言葉を濁した。
この世界の管理人というから、もっと怖いのかと思っていたけれど……話しているとそんな感じは受けなかった。
複雑な過去を持っているみたい……。我が娘を心配しているトードリッヒさんの横顔を見て、ライムはなんだか苦しくなった。
「キャロム?というのは、私たちがいた世界かしら。」
「キャロムは魔法が存在する生者の世界。反して、リバーシは魔法も魂も存在しない亡者の世界です。普通は魂でも抜かれない限り、ここに来ることはありません」
「私は……」
「私とライム様はもちろん、例外です。魔法も、使えるかと」
「あの、あなたは……苦しくない?」
「苦しい?」
ライムはふと浮かんだ疑問を口にした。
こんな薄暗くて、人影もなくて……楽しいとは思えない。
何が嫌でこんなところに住んでいるのか、ライムはわからなかった。
「はははっ! 先程までに絶望的な顔をしていたのに、他人の心配なんて……変わっていますね」
「あなたは、悪い人ではないのでしょう? だったら、私が恐怖する理由はないわ。それに……自分のことはなんとなく気付いてた。あなたに言われてはっとしたもの」
気づいたら心臓の音は鳴り止み、落ち着いていた。
恐怖心ももうない。
「お礼を伝えておくわ……ありがとう。そして、私があなたたちを助けるかわりに、私自身のことをもっと教えてほしいのよ……」
「ええ、もちろんです。無知を理解すれば、それはもう無知ではありません。私が知っている限りのことを教えましょう。そして、感謝しているのは私たちのほうですよ」
「まだ何もしていないわ」
「私たちを救える可能性があるだけで、十分な希望です」
トードリッヒは黒くて長い帽子を深くかぶり直した。
少し歩くと、ぞわぞわした強い違和感を感じた。
トードリッヒも同様だったようで、おや……と独り言を言うと、ばっと後ろの方を見つめた。
「亡霊たちがいなくなっている……!!」
ライムも後ろを振り返ってみたが、誰もいない。
さっきまで骸骨たちがついてきていたはずだ……。
「ライム様!! 上を……!!」
上を見上げると、おびただしい数の骸骨たちが空を埋め尽くしていた……。