18 リバーシの世界
おかしい……。
魔力感知にも引っかからないなんて……。
いつの間に接近していたのだろう。
いつ襲われてもいいように常に『魔力感知』は発動させていた筈なのに……。
後退りしたライムの顔は恐怖に怯えている。
見たことも聞いたこともない、目の前の黒い影、そして蠢いているフードを被った骸骨たち。
「あなたたちは、いったい……何者……」
声の震えは、おさまらない。
「ふむ……。とりあえず、場所を移しましょう。どちらにせよライム様にはお伝えしなければならないことがありますから」
黒い影のような男トードリッヒはライムを見下ろしながら、静かに提案する。
「一つ、先に聞かせて……ほしい、の。魔力感知しているのに、私のことは視えないはずなのに、何故あなたは私のことを……?」
そこまでライムが言いかけたところで、トードリッヒは声高く笑いあげた。細い背中を仰け反らせて、腹を抱えている。
「ははははっ!!! 何故? ああライム様は冗談がお好きなのですか?……っとそうでした。ライム様はご存知ないのでしたね」
我に返ったのか視線を落としてライムの方を見つめる。
「あなたが使っている黒い魔法……」
「………?!?!」
「存在を消してしまう魔法をご存知では?」
それってーー『存在希釈』のこと?
なぜこの人が知ってるの?
冷や汗がライムの頬をつたう。
「それが……私の姿が見えることとどう関係があるっていうの?」
「……その魔法は、死に近づく魔法です。正確には深淵にですが……」
低い声が森にこだまする。
一瞬の静寂が訪れたように感じた。
う、嘘でしょ?!
そんなわけない……!!
だって、こうやって息もしてるし、心臓だって動かせる。
その心臓は今やドクドクといつもより早く脈を打っている。
普通だったら、こんな怪しい人の話になんて耳を貸さない。貸すわけない。
でもーー全て否定できるほど、心当たりがないわけでなかった。現にさっきだってーー。
「死んでいるわけ……!! ないじゃない!!」
理不尽なことを言われてライムはつい声を荒げてしまった。
トードリッヒは不吉に笑うと、すっとしゃがんでライムの手をとり、
「指先が薄く……なっていますよ?」
とゆったりと舐めるように言った。
顔を歪めたライムは恐る恐る、自分の指先を見る。
ーー本当は気づいていた。
自分の体に異変があったこと。
でも……考えないようにしていた。
指先は薄くなっていて、爪はもう見えなくなっていた。
「ううっ……」
「私が住んでいる世界は……魂なき者の世界。今のあなたは魂さえも薄くなっています」
トードリッヒの黒く長い指先はライムの心臓の前までツツーっと伸びてきた。
ひぃ……。魂……?よくわからない!!
「だから、私の存在が見えるって言うの?!」
ライムは恐怖と新たな事実に泣きそうになりながら、トードリッヒに問う。
答えがそうでなければいいのに、と思いながら。
「そうです。魂をなくした者は私たちの世界に来る。あなたにお願いしたいこともありますし、場所を移動しましょうか」
そういうとトードリッヒは、足元をトントンと何度かタップして何かを呟いている。
もし、存在希釈を使い続けていたら……?
ーー私はどうなっていただろう。
ライムは身震いした。
気がおかしくなりそうな状況でライムは懸命に意識を保とうとする。
考えて……考えて……私はどうしたらいい……?
「あなたは……私にお願いがあると言ったわね」
「ええ、ライム様にしかできないことです」
そう言って、トードリッヒはちらりと後ろの骸骨たちを見た。
「だったら、条件があるの。あなたの願いを聞く代わりに、私のことを教えて欲しい」
「ライム様のことを、ですか? ……いいでしょう。本来は国家が秘密にしていることですが……ライム様なら問題ありません」
「なら、いいわ」
私は、私のことをあまりにも知らなさすぎる。
いや、目を背けてきたと言っていい。
今こうやって、死の淵に立たなければ知ろうとしないなんて……なんて愚かなんだろう。
トードリッヒは両手を高く掲げて、その世界に色をつけた。
見る見るうちに森だったはずの場所が変貌を遂げていく。
「さぁ、ここがリバーシの世界ですよ」
複数の色鮮やかな建物が立ち並ぶが、それとは対照的に辺りは薄暗く霧が立ち込めている。
空は見えず、灰色の雲で覆われていた。
ライムの目の先にはいくつもの細い路地も見える。
どの路地も高斜面になっており、地形は歪だ。
そしてすぐに感じる、違和感ーー。
ここには……誰もいないのだろうか。
店や住宅が建ち並ぶのに、まるで生活感がない。
ざわめきが聞こえるのに、人影一つ見えない。
ここが魂がない人たちの世界……?