16 ただいま
「信じられない……。まさか、そんな……うぅ」
嗚咽をあげながらライムはその場にしゃがみ込む。
とてもじゃないけど、見ていられるものじゃない……。
人が……しんでいるのを、初めて見た。
見てしまった。
この人の命はもう、戻らない。
魔法にも限度がある。
いくら私が強力な魔法を使えても、失った命を戻すことはできない。
神様でもあるまいし。
ああ……。
薄く目を開けたライムはポツリと呟く。
「助けられなくて、ごめんなさい……。ごめんなさい」
そして、ああそうだ……。
シオンの幼馴染みは、無事だろうか……。
===
おそらくだけど。黒い雨には魔法陣を打ち消すだけでなく、長時間浴びると生物を溶かす機能もあったんじゃないかしら。
雨に触れた時のあのピリピリとした感覚は私たちの肌が触れてはダメだと拒絶していたのだろう。
一体どれほどの人が……。
そう考えると共にゾワっと背中に寒気が走った。
考えたくない。
目を背けたい。
見なかったことにしたい。
何もなかったことに……。
そしたら、こんな思いもしなくていいもの。
綺麗に忘れて、元のぐーたらな生活に戻るの。
それで……本当に……?
目の端から涙が溢れる。
「……違うよ。私は助けに来たの。シオンの幼馴染みも、試験を受けた人も、その家族も」
涙が頬を伝う。
辛いよ、嫌だよ……。
でも、私がやらなかったらみんなはどうなるの?
黒い結界によって侵入は拒まれ、未だ解決しない現状。
今もこの森の中で苦しんでいる人がいるかもしれない。
僅かでも助かる命があるならーー
ライムはぐっと自分自身を抱きしめた。
強く抱きしめて、その小さな手で涙を拭った。
===
大きく息を吸ったライムは立ち上がり、漆黒の空に両手を広げた。
ーーまずは、この結界を消去する。
結界で足止めを食らっている騎士団長たちは兵をたくさん引き連れているはずだから、結界が無くなればすぐに行動を移してくれるはずだ。
『魔法抹殺』
イメージ魔法で晴れたように霧を無くそうかとも思ったが、霧自体の魔法効力もあるようだったから、全てリセットすることにした。
立て続けに魔力を込める。
「そして……『最高回復魔法』」
傷ついた人に回復を。
森にいる人全てに回復魔法を掛ける。
もちろん、全ての異常状態や欠損なども全て元の通りに治す。
『精神回復、現状回復』
被害者の精神状態の回復と、森への被害の回復もやっておこう。
森は徐々に元の景色を取り戻し始め、周りからざわざわという声もかすかに聞こえる。
あとは魔力感知でどれくらいの人が無事なのか知るだけだけど……。
……きっと助からない人もいるだろう。
「…………」
これ以上できることは……ない。
シオンの幼馴染みだけでも生存を確認しようとも思うが、私はその人に会ったことがない。
魔力は一人ひとり大きさや色があるから、会ったことがある人は大抵は魔力感知で探し出せるのだが、会ったことがない人はさすがに見つけられない。
ライムはぎゅっと目を瞑って、手のひらを合わせる。
優秀な騎士団長たちが事件の究明をしてくれることを祈った。
幼馴染みの安否は、シオンから聞くことになるだろう……。
===
つかれた……。
眠い……。
自室に瞬間移動してきたライムは存在希釈の魔法を解き、フラフラとベットに横になっていた。
ハクジと両親は、居間かな?
顔を合わせて無事だよって報告しなきゃ……。
ただいまって。
遅くなってごめんねって。
「ただいまって、言わなきゃ……」
「…………」
そう思う間もなく、ライムの目はゆっくりと閉じていった。
その後すぐに父のアズライムと母のフレアがライムの部屋を訪れた際にライムの帰宅に気づいたのだった。
それはもう、涙を流しながら帰還を喜んだ。
===
翌日、昨夜の出来事は新聞で大きく取り上げられることになる。
『女神様の降臨か?!』
『絶望かと思われた約半数以上の人が助かる!!』
『被害者曰く、暖かい光が降ってきたようだった』
『事件の真相、未だわからず!』
『国王、魔法化学発展区ミザリとも連携を深める考え』
『学園区スラスルナ、今季試験を中止に。問題解決を急ぐ』