133 突入
『わかってるわ!……今この目で人々の惨劇を目の当たりにしたところだもの……』
血の海になったミザリを上空から見下ろしたつい先程のことを思い出す。
ーーなんておぞましい。
黒き雨により、人々の四肢も身体も臓器もどろどろと溶けて、海のように流動していたのだから。
今もその状況は変わらない。
リエード先生たちが救助に尽力しているとはいえ、ミザリ以外でも被害にあった人たちがいるはずだ。
わからないわけがない。
ライムは自分の不甲斐なさにギリリと唇を噛む。
『私がもっと強ければみんなを助けられたのに。ーーだから、あなたも寿命を犠牲にするなんて許せないわ。他の方法を探しましょう』
クベラはそんなライムの様子を非常に冷ややかな目で見下ろす。
「俺のことは、犠牲にできない、ね。お嬢さんよ……、別の方法を考えるなんて悠長な時間はあるのか?考えている間に黒き雨で死んでいく奴らのことはどうだっていいのか?あぁ?」
『それは……っ!』
「甘えてんじゃねぇぞ!!世界がかかってるんだ!!少しの遅れが、少しの迷いが、人々を苦しめているとなぜわからねぇ?!だいたい俺はもうお前らと会っている時点で覚悟は決めていた。もともとスパイ的な役割だったからな……。だからお嬢ちゃんも、覚悟を決めろ」
残酷な選択だった。
今しがた自分のことを悔いて、改めて命は取りこぼさないと決意したのに。
クベラはミザリの化学者兼、用心棒という仕事を与えられアスタリアに寿命を預けていた。
一切の情報が外に出ることを禁じられている建物。
本来部外者との会話でさえも細心の注意が必要で、外に出るだけでも寿命を消費する。
そんな場所だ。
クベラはリエードの魔法操作によりいくらか延命を施されていた。
その僅かな命はこのアスタリアにライムたちを入れるためにある。
『…………っ。なんで、そんなことっ……』
頭の中がぐるぐると回り、視界が揺れる。
本当にどちらかしか選べないのだろうか。
(ーー私はどちらも助けたい)
引き下がれないと言葉をクベラに伝えようとした時、お腹のあたりに手が伸びてきて突如、ひょいっと身体が宙を舞った。
『えっ??』
敵の気配は全くなかったから、魔法展開なんて考えもせず、気付いたらクベラのガタイの良い肩の上だ。
「あーーー!!!もううっせーわお嬢ちゃん。さっさと行くぞ!!俺の寿命じゃあ、全員は無理だ。そうだな、お前行くか」
反対側の肩に同時にどしりと担ぎ上げられたのはジュエルだ。驚きすぎて身体が固まっているのが目で見てわかる。
『えっ……!!僕なの?!僕じゃ対して全然戦力にならな……ぐふっ』
「ごちゃごちゃ言うな!!ほら、行くぞ!!舌噛まねぇように口閉じてろ!」
次の瞬間ものすごいスピードで、後ろの方の裏口の扉にたどり着き振動でぐわんと揺れる。
『おいっ!!俺も行かせてくれ!!』
シオンが手を伸ばして、『束縛魔法』を展開しようとするがもう遅い。
「じゃあな。青年。お前は外からお嬢ちゃんを助けてやってくれよな」
そう言い残すと、クベラは魔法の扉の中に引き込まれていった。
本当に一瞬のことだった。
私たちの意見も何もかも置いて行かれ、アスタリアに突入してしまった。
ぐわりとまた身体が揺れた瞬間、クベラの中の魔力が小さくなったのを感じた。
もう中に入ったのだろうか。
『…………ごめんなさい』
「お嬢ちゃんが謝ることじゃねぇだろ。ほら、目ぇ開けろ。ここで黒き雨を止める術を探すんだ。アスタリアは俺でもわからねぇ場所や情報が多い。なんかあんだろ……いや、絶対あるさ」
珍しくクベラが神妙な面持ちで、ため息を吐く。
「案内してやるからついてこい。命懸けになるかもしれんがな」




