132 危機
「寿命が必要って……どういうことなの、レイラちゃん」
訳がわからないわ、というようにピアノが首を傾げる。
『んと、むずかしいおはなしなんだけど……おめめさんは……』
『レイラちゃん、俺から言ってもいいか?』
伝えようとするが知らない単語や言葉が出てきて、上手く噛み砕けないでいるレイラにシオンが助け舟を出した。
『叡智魔法の……言葉をそのまま借りる』
ーー中央区ミザリの代表的建築物であるアクタリアは、世界で最も優れた技術が集約されている。
世界の各所にはアクタリアの分館が散りばめられており、世界の魔力均衡を保つ役割を果たしているが、その技術は秘匿。
関係者しか知ることができない。
『この建物はアスタリア、というのね』
ーー絶対的な守秘義務を行使するため、研究者は自身の寿命をアスタリアに預けている。
違反した場合、即座に寿命が消費される仕組みとなっている。
『寿命が人質の役割を果たしてるってことか……』
うーんと、ジュエルが頭をかかえている。
『つまり、寿命を対価にしないとアスタリアには入れないってことだよね……』
「アハハ!!そう言うこった!ガキたちにしちゃぁ物知りだなぁ」
『誰っ?!』
突然の見慣れない声にこの場にいる全員の背筋が凍った。
声の方向に目を向けると大柄な人物がズッシズッシとアスタリアの裏口から出てきたところだった。
裏口だと思われていた場所は、蒼白い光を帯び豪華な扉になっていて、男が出てきた瞬間にまるで最初から何もなかったかのように収束して消える。
『剛腕乖離』
男が言葉と同時に薙ぎ払う動作を見せた。
すると、ビリビリとした感覚が身体を覆い私たちは攻撃されていることを知る。
「なんだぁ??誰1人として倒れねぇじゃねぇか!」
男は驚愕に満ちた顔をしている。
「これはどうだ!!!」
『炎天無天!』『弱様残火!』『歐愚負的!』
視界いっぱいに焔が溢れたかと思えば、焔の粒が全身に刺さり、紫色に変わった。
攻撃を受けている。
しかし私たちの誰1人として、傷ひとつ付くはずがないのだ。
黒き魔法であれば防ぎようがないが、通常の攻撃ではダメージを受けない。
「あ"?……どうやってやがる?!」
驚きに満ちた表情で男は手を止めた。
自身の強力な魔法を使って、うんともすんともいかない私たちを不思議に思ったようだ。
「お前たちは……なんなんだ……もしかしてーーあれか、アーノルド・ミサを殺したっていう噂の……子どもか?!」
『私は殺していないわ。『束縛まほ……』
ライムが言い終わらない間に、
『ちょっ、ちょっと待ってくれ!!だとしたら俺はお前たちの敵じゃない!』
『……?』
束縛魔法で出かかっていた鎖が男の寸前のところでピタリと止まった。
「リエードの野郎に言われて来たんだよ。お子様の子守りをしなってな!」
『リエード先生……?』
「ああ、まさか本当にこんなちっこいとは思わなかったが……」
男はやれやれという風に首を振ると、
「クベラだ。今からアスタリアの案内をしてやる。途中までだがなーー」
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クベラと名乗った人物は40代くらいの男性で、リエード先生の古くからの知り合いらしい。ゴツゴツした肉体に伸び切った髭、勇ましい背中は強靭という言葉がぴったりだ。
「俺はミザリの護衛として働いている。子どもだけでは不安だからとリエードの野郎が俺をよこしたんだよ」
『リエード先生?』
『ああ、レイラちゃんは知らないわね。私たちの学校の先生だったの』
『学校……』
(そっか、レイラちゃんは学校にも行ったことがないんだ……)
『たくさんのことを学ぶ場所だよ。……それで、クベラさん。アスタリアには守秘義務があると聞いていたんですが……』
「ああ……その話も知ってるんだな」とクベラはなんとも言えない顔をした。
どこかそわそわしたような雰囲気に私とシオンは顔を見合わせた。シオンは心の中を読んでいるため、ふるふると首を振った。
どうやら、本人の口から話すべきこととシオンは判断したようだ。
『裏口を通るには寿命という対価が必要なんだそうです。これは黒き魔法で描かれた魔法陣だから私でも突破できそうになくて……。仮に寿命を対価にしていても守秘義務を違反した場合、寿命が支払われてしまうーー』
「なっ………そんなことまで知ってんのか。さっきも思ったが魔法も効かねえ、物理もきかねぇ、しかも一般人じゃ知り得ないことを知ってやがる。お前らは一体なんなんだ……?」
『…………』
「リエードが守れっていうから来たけどよ……。想像以上のイカれ具合だぜ。いや、それは別にいいんだ。さっきの質問だが、寿命が対価、だったな。寿命は俺の分を使ってくれよな」
『そんなことはできな………』
当たり前のようにできないと断言する直前にまたしてもクベラに言葉を憚られた。
『そんなことはできない、なんて言わせねぇぜ。人1人の命くらい犠牲にしなきゃいけねぇほど、この世界はヤバいんだ。お前本当に知ってんのか?』




