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128 独白




 ガクッと力が抜けてシオンが首を垂れる。

 彼は下顎の損傷によりヒューヒューと細い息をしていたのだが、ライムの『回復魔法』によって落ち着いた呼吸に戻ったようだ。


 手を当てて頬の無事を確かめると、目を細め安堵の息を漏らすシオン。


『国王様の……両目は……あるのか?』


 彼はおそるおそるといった様子で、国王の瞳の安否をライムに聞いた。


『…………傷口は塞がったわ』

(それ以上は自分の口からは、言えない……)


 案の定シオンはライムの心の声を汲み取ったようで、ゆっくりと立ち上がり、ライム、ジュエル、レイラの3人に囲まれている国王ルドルフの側へ寄る。


 ……はっと息を呑む音が聞こえた。


「無様だと思うか?」


 顔を上げたルドルフは苦笑しながら、そこにあるかもしれないシオンの顔を見つめていた。


 見つめたように見えたのだ。


 瞳を覆うはずの瞼がそっと開くと、そこには何もーー無かったから。


 あの聡明さを象徴したような麗しいバイオレットの瞳も、培ってきた経験や能力を感じさせる鋭い眼光も、全てが抜け落ちているかのようにずっぽりとそこだけが無に期していた。


『瞳だけ……治しきれなかったの……おそらく黒き魔法がかかっていたから』

『…………っ!!』


 シオンは自衛団の希望だ。

 自衛団を管轄するのは国であり、その国のトップがこのような姿になったことに耐えられないのだろう。

 自らの拳をぎゅっと手を握りしめた。


『俺が……!!不甲斐ないばかりに………っ』


『違っ……!!』

「それは違うな」


 レイラが言う前にルドルフは口を開く。


「すまない、私から説明させてくれ。私はね……過ちを、犯したのだよ。いつからだろうな、自分の考えが絶対だと……無意識に思い込んでいたのかもしれん。故に娘のピアノの気持ちを汲むことが出来なかったのだ……」


『国王様は未来を見通し、人のスキルを把握するアビリティをお待ちだ!……だからそんなことはーー』


「いいんだ。シオン。これが現実だ」


 ルドルフは瞳があったはずの窪みをさらりと撫でた。


「娘がどんな才を持っていようと私の側にいれば幸せなのだと思っていた。しかし、そうではなかった。娘は……ピアノは……自らの命を投げ出す程に私に酔狂してようだ」


 一気に顔をしかめてわなわなと身体を震わせると、


「ラクリマは無自覚な私の隙を突いて、娘と私、そして自らの瞳に黒き魔法陣を施した……。娘の寿命と引き換えに私は更なる力を手に入れ、神に近しくなった私の身体を乗っとる手筈だったのだろう」


『……………』


 そうなのだ。ピアノは自分に魔法の才能がないことを嘆き、命を投げ出した。

 この国の王である自分の父親のために。


 彼女の心の中にはいつしか、父の役に立ちたいと願う気持ちばかりが募っていったのだろう。


『ピアノ……っ』



 ーー奴が、許せない。


 ピアノとルドルフの心の隙につけ入り、自らの糧にしようとしたこと。

 黒き魔法を使って人々を絶望に貶めようとする行為。


 ーー許せない。


 腹の中からふつふつと知らない何かが沸いてきて、じわじわと身体を覆う。


 ーー絶対に〇〇してやる。


 そんな感情を抱いた時、


『ライム。今はピアノを助けてあげよう』


 国王に視線を預けているはずのシオンから言葉が飛んできた。


(……はっ……私、今何をーー?)


 私は今何を考えた?

 それは何か良くない感情だった気がするけれど、何故だかはわからない。

 思考がぼんやりと霞がかる。


 黒き魔法を得て、『創生の魔術書』を得て、私は時々自分が自分でなくなったような感覚に陥る。


 どこか遠くて、まるで他人事みたいに、第三者から自分を見ているみたいに……。

(これも絶望の効果なのかしらーー)


 そんなことよりも、ピアノを眠りから覚ます方が先だ。

 今ならもしかしたらーー。



 ピアノを助けられるかもしれない。




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