127 その内に秘めたもの
シオンの頬の肉にラクリマの細い指先が食い込もうとしている。
『その、アビリティーーどこで手に入れた?』
ゆっくりとシオンに問いかける。
ーーこいつは可笑しい。
ラクリマは胸の中に珍しく好奇心が広がったことにわずかに驚いた。
目の前ーーこいつ、シオンと言っただろうか。ラクリマはライム以外に興味はないはずなのだが、何故かシオンのアビリティは目に留まった。
『心中暴露』
心を読み解き、人の心を理解するアビリティだ。
しかも、どんなに遠くにいても認知度の度合いによって全ての心の声を拾うことができるのだ。
シオンが『心中暴露』のアビリティの所持者であると気づいたのはつい先ほど。
国王の胸の内を語った時だ。
国王の瞳と自分の魔法陣は繋がっている。
レイラとかいう小娘がいち早く気付いてしまったが、国王ルドルフはラクリマの存在を知らないはずだった。知らないように魔法陣を組んだはずだからだ。
しかしーーシオンは言ったのだ。
『国王様はすでに気づいていた』と。
そこで理解した。
国王はすでに自分の存在に気づいていた。
気づいていて、それを悟られないようにしていたのだと。
そして、瞬時に『解析魔法』を施してわかった。
こいつが『心中暴露』というアビリティを持っていることに。
(こんなのはーー初めてだ。あははははーー!!世界はまだ僕を楽しませてくれるみたいだ!)
ラクリマはシオンの頬の肉を裂きながら、うっすらと嗤う。
『心中暴露』のアビリティは人の心を読む。
それを奪えばーーー
『あはハはハはは!!!このアビリティを使えば、神様の絶望を!悲鳴を!!苦痛を!!ぜぇーーんぶ余すことなく拾うことができるじゃないか!!』
癇癪にも似た嗤い声が部屋中を駆け巡り、反響する。
『ぁ、あんたはーーいったい何がしたいんだ?!』
こんなにも頬に力を入れているのに、目の前の男は怖気付くことなく口を動かしている。
意味がわからない。
ーー僕はただ、彼女の悲鳴が聞きたいんだ。
『お前は僕の心が読めるんだろう……?じゃあ、わかるはずだ!!僕は何を考えていると思う??』
圧倒的強者感、優越感……さまざまな感情はあると思うが僕の思うところはひとつ。
ライムが持つ『創生の魔術書』を手に入れ、全て揃えること。
そうしたら、彼女の決心も崩れさるだろう。
いったいどんな悲鳴をあげてくれるんだろう。
どんな絶望を味わってくれるのだろう?!
想像しただけでも震えが止まらない。
早く一つに。
そして彼女に絶望を。
そこで、目の前の男が思いもよらぬことを口走ろうとしたのだ。
『あぁーーそう、か。辛いことを全部まとめて捨ててーー、まとめて他人に投げてーー?いや違うな……あんたはーー……』
その瞬間、シオンの口元から血飛沫が舞った。ラクリマが掴んでいた、頬は力のあまり切り裂かれ原型が一瞬にしてなくなったのだ。
『ーーー!!!………!!』
後ろから『回復魔法』を叫ぶ神様の声が聞こえたが、気にしている余裕はない。
こいつは今、僕の心の中を見た!!
心の中を曝け出されているような奇妙な感覚。早く覆いたくなるような気持ち悪い感覚。
(あーー)
今気付いた。
不覚にも自分の心の声の鱗片に、気付いてしまった。
ラクリマとして生きてきて今の今まで、自分では知らない感情だった。
『貴様ーーっ!!!今、何て言おうとーー……!!』
(こいつの頭をぐちゃぐちゃにしてやろうっ、……くっ、僕がそんなこと、思う筈がないのだからーー!)
口元を握りつぶしたはずなのに、男の目はじっとこちらを見ている。
まるで心の全てを見透かしたようにーー。
否、見透かされているのだ。
『心中暴露』というアビリティは全ては『暴露』させるアビリティだーー!
『その!アビリティを寄こすんだ!!!』
内から黒き魔法を発動させ、自らに取り込もうとするがまた違う声が後ろから届く。
『げんえい、かいじょっ!』
細く高い声の持ち主はレイラとかいう少女だった。
『幻影解除』だと……?
途端に指の先から力が抜けていくのがわかった。
魔法陣で組まれたこの幻影の身体が消滅しようとしている……?
なんだ……この『幻影』を扱えるのはただ1人……トードリッヒだけのはずなのにーー!!
あいつはもう死んだはずじゃ……。
様々な出来事に錯乱し、混乱し、ドロドロと解け、自分が自分でなくなった。
ぷつり、と幻影の自分との繋がりが途絶えた音がした。




