123 瞳の奥
『お父さんの、役に立ちたいのかもしれません。こんな、姿になってもーー』
「そんな筈は……ない」
ルドルフははっきりと断言したように聞こえた。曖昧なのは、語尾があまりにも小さな声だったからだ。
『何故……そう言い切れるのですか?』
答えが既にわかっているだろうシオンの表情を伺いながら、ルドルフに尋ねる。
シオンはルドルフの心の声を聞いて、もう答えを知っているだろう。
シオンに聞かないのは、ルドルフ本人に尋ねることで彼が自分の中で新たな気づきを得るかもしれないと思ったからだ。
国王様相手に何様だとジュエルたちは思うだろうが、ピアノの拒絶の理由が彼にあるのだとしたらそれを突き止め、解決するほかないと思うのだ。
だからこそ、恐れ多くも、無礼を承知で国王に尋ねた。
「自分の命より大事なものなどない。ましてや私はこの国の王だ。国民の命は私が預かっていると言っても過言ではないのだ。それほどまでに、この命は重い。その国の時期王女となる身を持って、自ら生を投げ捨てるなどと……」
ルドルフは苦渋の表情を浮かべ、酷く青ざめた顔をした。まさか、という思いなのだろう。
ピアノと同じラベンダー色の瞳は、ルドルフの方が若干だか濃い色をしている。
それが今や重くくすんでいるではないか。
『自分の命の責任を考えれば、寿命を縮めるなんてもってのほかだと?』
「君は……理解が早いな。その通りだ。上に立つ人間は人々の全ての指針となる。命を重んじなければ、民も我々についてはこないだろうよ」
確かにその通りだ。
国王の言っていることは正しく、まさに正論と言えるだろう。
(けれどーー)
それでは何も……。
何の解決にはならない。
ピアノが自らを犠牲にしてもいいと思えるほど、父親に酔狂し力を求めるのには理由があると思う。
それをどうにか解いてあげないと、ピアノはーー。
このまま命を落としてしまう。
(それは、絶対に、いや)
初めて出来た女の子の友だち。
たとえ王女様だとしても、気軽に話せる私の唯一無二の親友だ。
ライムはふっと、魔法陣に介入した魔法を解くと両手を下ろして力を抜く。
それに気付いたルドルフとジュエルは困惑しているが、シオンとレイラは表情を崩さず、私の行動を見守っている。
『シオン……』
『ああ、ライム。わかったよ。異論なんてあるわけない』
振り返ると、心の声を読んだシオンが有無を言わさず頷いてくれる。
彼は腕組みをして、真剣な表情でこちらを見据えている。
それを見たジュエルが、
『え、ちょっとちょっと!心の声だけで会話しないでよ!』
慌ててライムとシオンの間に割って入ってくると、2人を交互に見ながら現状を把握しようと試みている。
『ごめんごめんジュエル。あまりにもシオンとの意思疎通が早いものだから』
『レイラちゃんは……?!なんで、納得してる顔してるの?!』
「おめめさんがおしえてくれたよ!」
おめめさん……?
あぁ『叡智魔法』ことね。
『叡智魔法』はレイラちゃんに対して随分親しくなったらしく、常に情報が流れてくるようだ。
しかし、今さっき分かったことがこうして『叡智魔法』が把握しているというのは不思議なことだ。
『叡智魔法』は『世界の知識』を再生するから、もうすでに情報が書き加えられて、開示できるようになったということなのだろうか。
(レイラちゃんにはすっかりお見通しね)
おめめさんという愛称なのは、実際の姿が瞳みたいだったからだろうか。
「ライムよ。どういうことか説明してくれるのだろうな」
険しい顔をしたルドルフが、後ろから思いもよらないライムの行動に憤慨した様子で睨んでいる。
それもそうだ。
助かると信じていた娘の命の救出を今、辞めてしまったのだから。
『はい、もちろんです。国王様』
ピアノをこれほどまでに酔狂させ、寿命を代償に絶大な力を得る魔法陣。
彼女の魂の奥底に埋め込まれた魔法陣を解くには国王様の協力が必要だ。
『国王様。失礼を承知で言います……。これはーー『魂核魔法』を発動してわかったことなのですが……国王様は、ピアノのからの力を無意識に受け取っています』
「…………は?」
僅かな沈黙の後、ルドルフは虚をつかれたように後退りをする。
『ですから、黒き魔法陣が埋め込まれたその瞳。私が取り除きたく思います』




