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122 魂の願い




 彼女はーーピアノは、身体の魔法陣による寿命がもうすでに迫っていた。


 以前……アリスとの戦闘でピアノは魔法光の中に保管され眠りについている。


 寿命というのは生きているだけで、その時がきてしまうのだ。

 そうなってはならない。


 そのため魔法光と深い眠りが必要だったのだ。



 ーー今目の前にいるのは深い深い海の底のように静かな眠りについているピアノ。


 彼女の胸に刻まれた魔法陣を『イメージ化魔法』と『魂核魔法』で魂から切り離し、正しいピアノの魂を形成していく。


 これがなかなかに難しい。


 確かなイメージをもとに綿密な魔力操作が必要だからだ。それに……。


(何……この違和感は……?)


 先ほどから感じている、重たい違和感。

 ざらざらとした砂を噛むような感触が、口の中と手の平に伝わってくる。


 ピアノの表情を見ると、綺麗な顔のままわずかな変化もない。魂に干渉しているはずだから、少しは変化があってもいいはずなのに……。


 そんなことを思いながら、魂の最深部へ手を伸ばす。

 張り付いた魔法陣の文字を一つ一つ剥がしていくのだ。


 ペリペリ……と不思議なくらい簡単にめくれてしまうその文字はあまりにも軽い。


(本当にこれは……魔法陣?)


 疑念は確信に変わっていく。


(偽物だ……。この魔法陣は偽物。ピアノの魂に混ぜられたフェイク。そんなこともできるなんてーー)


 いったい誰が。


 こんな芸当ができるのを私は1人しかしらない。

 世間の魔法力の基準を知った今のライムであれば、予想することは容易い。


(私をーー!甘く見ないで!!)


『魔力感知』を最大に。

 そして、『魂核魔法』に新たに魔法力を追加する。

(代償の絶望を上乗せ……からの『魂核魔法』を『魂核神髄魔法』に進化させる!)


 これで絶望の効力がさらに大きくなる代わりに、魂への干渉がより深部まで届くようになる。


(もっと深くーー)


 魔力を全開にし、魂に影響を与えないように配慮しながら、奥深くの魂の情報へ介入する。


 そこには魂の核にまとわりつくベタベタとした黒い魔法陣。


(あった!でも何か変ーー)


(これじゃまるで、魂と魔法陣が混同している。自分の意思がないと、魂は共鳴なんてしないのに)


 魂が魔法陣を抵抗していれば、魔法陣は魂にへばりつくだけだ。それでも大きな影響力になるのだが、これはもっとーー


(干渉しすぎている)


 まるで魂と魔法陣がぐるぐると混ざり合うように溶け込んでいる。

 溶け込みすぎてしまっている。


 しかし、『魂核神髄魔法』となったライムの魔法を前にその現象も無意味だ。

 なぜなら、ライムは全てを作り替えることができる。

 魂の形さえも。


 だから違和感を感じながらも、魔法陣の分離なんて容易なはずだった。





 だがーー、




『やめて』




(え?)


 突如聞こえた声にライムは驚きを隠せない。

ずっと聞き慣れた声。そう今の声は、


『ピアノ?』


 返事はない。


 ただそこからバチン!と弾かれるように、魂への干渉ができなくなった。


『ピアノ?!ピアノなのーー?!ねぇ!!』


 魔力を捧げても、手を伸ばしても、


『今助けてあげるから!!だから、あなたも手を伸ばしてよ!』


 届かない。分厚い壁がライムの魔法を拒むのだ。


(そんなーー)




『私の魔法が、抵抗されています……』


(どうしてーー?ピアノ……)

 こうなってしまっては打開策を考えなければ、次に打つ手がない。


 ライムは始める前に国王様から助言頂いたことを思い出し、少しでもいい、助力を願うことにした。


『何かわかりませんか?ピアノがここまで、拒絶する理由、魔法陣を求める理由をーー』


「なん……だと!?」


 心底驚きに満ちた表情でルドルフは、口を開けている。


 それもつかの間だ。ラベンダー色をした綺麗な瞳孔が大きく開き、思い当たることがあるかのように身体が震え唇を噛む。


「娘は……魔法陣の治療を、始めは嫌がっていたんだ。それが何故か分からなかったがーー」


『それは……』


「だが、魔法陣の治療が全く意味を成さないことを知ると、少しだが、娘はーー」


『ピアノは、どう……したんですか?』


「娘は嬉しそうな顔をしたんだ……」



 この時ライムは全てを理解した。

 魔法陣解放への拒絶はーーそういうことだったのだ。


『ピアノがこの魔法陣の話をした時……国王様の役に立つから、と笑顔で笑っていたんです。もしかしたらピアノはまだ……』


「まだ……なんだ?」


『お父さんの、役に立ちたいのかもしれません。こんな、姿になってもーー』





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