表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/135

120 もうすぐ手が届くから




 ほとばしる熱はしばらく経ってからようやく冷めてきて、ほっと息を撫で下ろす。


 あの性欲の後、疲れから眠気が襲って来たからたまったものじゃなかった。


 自分の胸に手を当てて、徐々に呼吸が静まってきたを確認すると、ベッドからそっと起き上がる。


『性欲』の以外にも抱えている絶望があるため、なかなか休まる時間がない……。


 ついさっきだってそうだ。


 性欲から解放されたかと思えば、今度は疲れから睡魔がやってくる。

 睡眠は眠りを引き起こす。

 ライムにとって眠りは絶望だ。

『眠ると死の感覚を得る絶望』も所持してるライムにとって、睡眠はできるだけ取りたくないものだった。


 だからこそ、ジュエルが『睡眠』の絶望を請け負ってくれてどんなに負担が軽くなったか。

 感謝しても仕切れないとはこのこどだと思う。

 それにしてもーー


(さすがにもう死んだかと思ったわ……)


 ふぅーっと息を吐き出して荒い呼吸を取り戻し、目の横についた雫をぐいっと拭いとる。


 苦しさも痛みも辛いのも……慣れることはない。


(なんでだろ……)


 もう随分と抗ってきたのだから、少しくらい軽減されてもいいのにな。

 と、そんなことを思うが『創生の魔術書』は全ての力の源、魔術の結晶、あらゆる知識と情報が詰め込まれているのだ。


 それ相応の対価が必要なのだろう。


 ぼんやりと考えていると向こうのドアからコンコンとノックする音が聞こえた。


「はーい」


『ライム。落ち着いたか?』


 心配そうな顔を覗かせたのはシオンだ。様子を見に来てくれたのだろう。一時期目を覚さなかったこともあったから、それも配慮してくれたみたいだ。


 シオンも『食欲』の絶望で、常に何か食べてないと落ち着かない身体だっていうのに……。

 こうやって私の心配をしてくれる。


 理由は、私のことも想ってくれているからっていうのもあるのだろうけれど。


 ライムは一度シオンから告白を受けており、その後私の方が半ば強制的にミザリに行き、ずっと離れ離れになっていたのだ。


 今こうしてまた巡り会えたのは本当に奇跡みたいだと思うが、そういえばシオンには心の声が聞こえるからなんとなくの場所がわかるのだったわ。


 けれど実際、本当にこんなに遠く離れた場所でもわかるなんて思ってもみなかった。

(シオンのアビリティって実は凄いんじゃ……?)


「シオン、さっきはありがと。だいぶ落ち着いてきたわ」


 ベッドの側の椅子に腰掛けた彼の目を見て、その心配を払拭するように心から安堵の言葉を告げる。

 しかし当の本人はちらりとベッドを見ると怪訝そうな顔になった。


『ほんとにそうだと良いんだがな……。ベッドのシーツがとんでもなくグシャグシャだ』


 あ……。


 ヒヤリとしてベッドを横目に見ると、眠ったことによってもたらされた死の恐怖を感じて無様にもがき苦しんだ跡が、明らかになっていた。


 普通に眠っただけでは付かないような大きなシワ、胸を掻きむしって出た時のわずかな血の跡、涙の跡、それからーー。


 シオンのように知っている人から見たら一目瞭然だった。

 なんで消しておかなかったのかと自分を悔いたが、もう遅い。


 だからと言って……うんとは言えないのだけれど。


『あはは、私……寝相が酷くって』


『俺が言うのもなんだが、辛い時は真夜中でも側にいてやるからな。ライムはよく遠慮するから……』


 うん……やっぱり心の声が漏れてるわ。

 シオンに本音は隠せない。

 わかっているのだけれど、心配をかけたくないのは本当だから。


『それもわかってる。こうやって心の声を許可なしに覗けてしまうのは本当に悪いと思ってるさ……』


 心の声に返答するシオンはライムから目を逸らし、苦渋の表情で呟く。


『シオンのせいじゃないわ。私でもわかるもの。そのアビリティは自身で加減することなんてできない』


 ふと、窓を見るとやはり黒い雨は続いていて、焦燥感が身体中を駆け巡る。


『…………』


『準備ができたら、来て欲しいと国王様は仰っていた。無理はするなよ』


 そう言うといつものシオンみたいにニカッと笑って、トンと背中を押してくれたのだった。



 ====




『来てくれたか。ライムよ』


 ルドルフから歓迎され、特別な魔法陣が施された部屋へ入ると中央にはピアノが眠っていた。


 ピアノが入っている特殊なケースはどうやら害悪な魔法陣の相殺と、ピアノの生命維持の両方を担っているようだ。

 ピアノを纏う液体に魔法文字がゆらゆらと漂い、光ったり淡く歪んだりしている。


 ちらりと国王様を見ると、顔はいくらかスッキリして落ち着きを取り戻している。いつもの国王様だ。

 ……自身の感情の昂りも見られない。ひとまず安心だわ、と先程の絶望の恐怖を頭の隅に追いやる。


「準備は整っている。もし命の危機を感じたら、私を呼んでくれ。いくらか助けになろう」


「わたしにもできることがあったらするよ!!」


『いよいよだね……』


『気張る必要ないさ。俺たちがついてる。ピアノを助け出してやろうぜ』


 それぞれから言葉をもらいみんなを見渡し、そしてピアノに目を移す。

 体調も悪くない。

 眠気もない。

 魔力も知識も十分にある。


(今度こそ……)


 ライムは両手をピアノに掲げ、埋め込まれた魔法陣の場所を確定し、魔法を唱えるーー。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ