118 扉
レイラはピシッと右手を挙げると、
「わたし、あけられるよっ」
と足のつま先を立てて少しだけ背伸びをした。
続けて「まほうじんはとくいだよ♪」と言うと『存在証明魔法』を扉にかけたようだ。
するとキラキラと扉から光の粒子が浮かび上がった。
『これは?』
「おにいちゃん。あけるときに、カギがあくイメージをしてみてね」
『お、こうか?』
シオンが不思議そうに問いかけると、彼のためにレイラは一歩後ろに下がって扉の前を開け、シオンが開けるのを見守る。
『なんだ?!魔法陣が勝手に……』
『わぁ……魔法の回路が書き換えられていくね!これ、レイラちゃんが?』
「へへっ」
嬉しそうにはしゃぐレイラ。
得意な魔法を見てもらえて顔を綻ばせている。
(『存在証明魔法』が対象者のイメージを在ったものにしているんだわ!)
もともとは『幻影魔法』とセットで使う魔法で、幻影を現実のものとして存在させられる。
しかし今のを見ると、どうやら魔法回路が埋め込まれてるものには直接発動するらしい。
『これは……だいぶチートなのでは?』
『あ、ジュエルもそう思った?』
『……どんなに複雑な魔法回路でも、想像を反映されることができるのなら魔法の概念そのものを大きく変えてしまうだろうね』
『うん。レイラちゃんね、うずうずしてたから魔法を皆んなに見せたいのかなって思ってたけど、ちょっと予想以上だわ』
『おい、2人して何話してんだ?』
ライムとジュエルが後ろでこそこそ話していると、扉の鍵を解除したシオンが後ろを振り返って声を大きくする。
「わ、ねぇ、みんな、あいたよ!」
答える間もなくレイラは一室の部屋を覗く。
ライムたちもこれからピアノの魔法陣を解放するのだからゆったりはしていられない。
王宮に来るまで、ピアノはライムの作った別の世界へ眠ったまま保管されていたが、ルドルフから要望があり部屋に移しておいたのだ。
(まさかここまで厳重な部屋だとは思わなかったけれど)
ミザリの刺客はまだ見つかっていないし、この対応は当然だがあまりにも結界が多すぎる。
みんなは気づいていないだろうが、廊下を渡り扉の前へくるまでいくつもの『魔法結界』を破壊している。
(私も席を外していたから、問題がないように対処してくれるのはありがたいんだけど……)
来た時から王宮全体には魔法結界より厳重な『防御魔法』をかけておいたのだ。そうそう破られるものではないと、国王には伝えていたのだけどなぁ。
『信用されてないのかしら?』
『ん?誰から?』
『いえ……』
『…………あぁ、結界のこと?』
『ジュエルは知ってたのね』
『感知魔法はみんなより得意なつもりだよ。ライムほどではないけどーーそれより、これだけ厳重だと何か心配だ』
何も起こっていなければいいなと思いながら、部屋に入ると奥までレイラちゃんが一気に駆け出した。
『レイラちゃん?!』
「ないてるの!」
『えっ?!』
心配そうにする彼女は振り返りもせず、目の前を走り抜けていったのだ。
部屋の奥へ目をやると、どうやら啜り泣く声が聞こえる。
殺意は感じないが、妨害魔法なのか部屋全体に白いモヤがかかっていてよく見渡せない。
シオンとジュエルとでアイコンタクトを取りすぐに妨害魔法を解除すると、レイラを追いかける。
『待ってーー!何か危険がーー?!』
そう引き留めた時にはもうすでに、モヤは晴れて部屋に浮かび上がり、そこにはピアノとそしてもう1人の男性がうずくまっていた。
『ルドルフ、さん……』
綺麗に眠っているピアノの手を握り、傍らで体を小さくしているのはこの国の主である国王ルドルフその人だった。
彼は赤く目を腫らし、涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにしてーー泣いていた。
「ーーはっ!……みっともないところを……見られてしまったな」
自傷気味に呟くとのろりと立ち上がり、零れ落ちそうになる涙を拭う。
言葉が、出ない。
彼はーー
「はは……まさかあの扉を開けてくるなんてな。応接間で待ってくれても良かったのだぞ」
「だいじなひとなの?」
レイラがルドルフになんの遠慮もなしに側へ駆け寄り、顔を覗き込む。
「君はーー?あぁ、まぁいい……。とてもとても大切だよ。こうやって感情が溢れてしまうくらいに……な」




