116 温もり
ライムが行ったのは『魂核魔法』による『叡智魔法』の情報化だ。
魔法という概念を置き換え、情報として認知できるものにするのだけれど、これがなかなか難しい。
(叡智魔法なんて未知数なものを改めてレイラちゃんにも取り込めるようにするなんて想像すらつかないわ)
けれどそうも言っていられない。
まず行ったのは『叡智魔法』との対話。
これでその魔法のこと少しでも知れたら良いのだけれど。
『情報化するにあたって、あなたにいくつか聞きたいことがあるわ』
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了。
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『まずは先代の神様について。本当に何も教えられないの?』
ライムはレイラの小さな汗ばんだ手を握りながら、真剣な声色で聞いていく。
先代の神様が『叡智魔法』を認識できるモノとして何かを施したのはわかった。
けれど、なぜそんなことをしたのか。
圧倒的に巨大で魔力を帯びた禍々しい気迫は感じられるものの、見た目は酷く脆くてボロボロだ。
側に転がっている『叡智魔法』を見ると血は流れ、瞳は小さく眼球だけになり、生きているのが不思議なくらいに荒れ果てている。
予想だが、『叡智魔法』は現在情報の更新ができないと言っていたからそれが関係しているのだと思う。
『先代の神がどんな神様なのかはわからないけれど、情報の更新できなくてこんな姿になったのなら何かしらの問題があったはずだわ』
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情報の更新が出来なくなった理由は、私が先代の神の所有物でなくなったからです。
さらに、この問題は私の感情が不足していたからだと予測できます。
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(答えてくれた……!)
『先代の神様って何者……って、これは答えてくれないか。私がこの世界を救おうとした時、あなたはあんなに怒っていたのにそれでも感情が足りないというの?』
ライムは一度質問しかけたが解答は貰えないと思い出して、別の質問に変えた。
すぐ側のレイラちゃんが目を閉じて引き続き魔力を循環させている。
そのせいかぼんやりと蒼白い光を纏っていて、その表情はあまり思わしくないように思われる。
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あれは……初めての経験でした。
私は普段、感情を持ち合わせていません。
ですが、救えるはずのない……そう、限りなくゼロに近い可能性を信じ、諦めないアナタを見て、湧き上がるものを感じました。
あれを……感情というのでしょうか。
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(…………!)
『叡智魔法』にはもともと感情がなかったんだわ。それはそうか。魔法なんだから。
ライムは少し考える素振りをしてから、ゆっくりと思考の海に浸かっていく。
(いくつか質問していくうちにだんだんと『叡智魔法』のことがわかってきたわ)
私が発現した魔法だと思っていたけれど、もとは先代の神様の所有物だった。
それを私が借り受けた形になっていたらしい。
それで、感情はなかったけれど怒りの感情が溢れてきてーー
思考しているうちに、頭の中にまた言葉が響いてきた。
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おそらく、感情はライム・アズベルトより触発されたものだと思われます。
………感謝、します。
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『えっ、あ、はい』
感謝?!感情は伝播するものなのかしら?
いえ、そんなことよりーー。
レイラちゃんがさらに苦しみ出している。
呼吸が荒くなり、胸を必死に抑えている……。
(そろそろ形に移さないとーー)
ライムは今得た情報をもとに、『叡智魔法』をレイラちゃんに取り込めるようにしていく。
例えるなら、周りの雑念を取り払って私が思い描ける魔法に……イメージしやすい形にしてーー。
『それじゃあ、いくわよ。『魂核魔法』
すると、血の海に溢れていた『叡智魔法』の瞳はシュルシュルと音を立てて一粒の球状になり、レイラの胸の中に取り込まれていく。
同時にトードリッヒの心臓も一回り小さくなって同じように彼女の中に入っていった。
ドクドクと鼓動するトードリッヒさんの心臓。そこに彼の意識はあるのだろうか。
記憶はもうないのだと思う。
だから『叡智魔法』が情報を与えてくれるはずだ。
仮初の記憶でも、確かにトードリッヒさんが残したものだから。
『レイラちゃんよく聞いて……。お父さんとの記憶、大事にしてね。そしたらそれがあなたの核になってくれるから』
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レイラちゃんは何度かすごく苦しそうな顔をして、力を込めた手で自身を痛いくらいに握りしめて……もがいていた。
私が『大丈夫だよ、大丈夫だから』と声をかけるといくらか表情が和らいだ気がする。『もう少しだから』と。
そしてしばらくして、ふっと力が抜けたようになってレイラちゃんはその場に倒れ込んだ。
『レイラちゃん……!!』
「おねえちゃん、だい、じょうぶ。あり、がと」
ポロポロと涙を溢す彼女は喜びやら懐かしさやら色んな感情で溢れていた。
ぎゅっと抱きしめると彼女が確かに、生きていると、心臓が動いているとわかった。
そう、動いている。
心臓がある。生きている。
レイラちゃんは魂の核と心臓を取り戻すことに成功したのだ!
『よかった……!本当に、良かった!!』
「うん。うん……!!おねえちゃん!わたし、いきてる!!」
はたとレイラから離れると、彼女は不思議そうに自分の胸を見つめて、ゆっくりと手をあてる。
「おとうさんがね、ここにいるの。もうずっと、いっしょだよって。わたし、ね、うれしい……!!すごく。
……ありがと、ほんとうにありがとうおねえちゃんっ」
再び2人は抱き合い、身体の温もりを感じ、再び涙を流したのだった。
トードリッヒの世界崩壊編はこれで終了です。
次回からまた舞台がミザリに戻ります。
読んでくださってありがとうございます!
※明日も投稿予定です。




