115 やっと人らしくなれたよ
真剣なレイラちゃんの瞳は、その覚悟が本当のものだと感じさせてくれる。
この子は選んだのだ。
父とともに生きる道を。
だから私はその手助けをする。
ライムはふぅーっと一呼吸おくと、『魂核魔法』と呟き、トードリッヒさんの心臓を自身の魔力で包んだ。
そして……じんわりと温かみを帯びた心臓を、ゆっくりレイラちゃんの魔法回路の空洞に融合させる。
「んっ………!」
(目を閉じてはいるけれど、苦しそう……。ごめんね、すぐ、終わらせるからーー!)
本来、心臓は魂の代わりにはなり得ない。
しかし幸いにもトードリッヒさんの心臓には魂の核が埋め込まれていて、それを『魂核魔法』でレイラちゃんの空洞にハマるように調節したのだ。
少しずつ心臓がレイラの身体に溶け込んでいく。
「うぅ……あ、あぁ!!」
(もう少しーー!)
『…………?』
「う、ああ、ああ!」
心臓が半分ほど入り込んだ時、思わぬ事態が起きた。
レイラちゃんが酷く苦しみ出したのだ。
「あぁああああ!!」
彼女の力とは思えないくらいに強く手を握られ……いや握りつぶされそうになり、手からは血が滲み始める。
『…………っ』
おかしい。こんなに苦しむなんて……!
『精神安定』の魔法は発動しているはず。
苦痛もないように痛みは全て取り除いているのに、この苦しみようは……。
『叡智魔法っ!』
咄嗟に振り返り、紅い瞳に問いかける。
瞳はギョロリとこちらを向き、
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魂の情報が不足していると推測。
このままでは、拒絶反応を起こします。
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『情報が足りないの?!そんなはずは……トードリッヒさんにはレイラちゃんの記憶も思い出もあるから補正されるのに!』
そうなのだ。肉親であれば、足りない魂の情報も補填できると考えていた。
でもーー足りない??
計画に不足はなかったはずなのにーー。
『まさか!!』
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魂の情報が欠落しています。
推測。
『黒き魔法』の消耗によって、寿命及び肉体そして魂の情報も欠落したものと思われます。
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『黒き魔法』は寿命を消費すると分かっていたけれど、まさか魂の情報までも持っていくなんて……!
(どうすれば……)
必死にレイラちゃんを繋ぎ止める方法を考えるが、今にも心臓は崩れ落ちそうだ。
(心臓も、もう持ちそうにないわ!)
タイムリミットが迫っている。
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提案。
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紅い瞳は僅かに瞳を閉じたように思わせた。
気付けば、もう血は干からびて一粒の紅い雫のような大きさになっている。
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『叡智魔法』で魂の情報の補填が可能です。
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『…………叡智魔法で、補填?そんなの……』
あり得ない。
初めに思ったのは強い否定の思いだった。
『叡智魔法』はあくまで魔法が創り出した現象に過ぎない。
形はあるけれども、魔力がなければやがて尽きてしまうモノ。
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ライム・アズベルト(呼称)が発現できる『魂核魔法』を用いて、『叡智魔法』を情報化することが可能です。
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初めは不思議な違和感だった。
身体の内側にどんどんと温かいものが入り込んでいく感覚ーー。
その温かさはなんだか懐かしくてーー。
でも、途中からすごく苦しくなった。
「あ、あぁ……」
お姉ちゃんが『大丈夫!大丈夫だからっ……』と心配しながら、声をかけてくれているのがわかった。
内に入ってくるモノはとっても温かくて懐かしいけれど、空っぽだった。
そこにはあるはずの思い出も姿も声も何も入っていなくて、とても悲しくて……私はひたすらに声を上げ続けたけれど、苦しみは終わらない。
でも、これはお父さんのだから、きっと、私が大好きになれるものなんだ。
そう自分に言い聞かせて何年も何十年も経ったような感覚にさえなってきた頃。
空っぽだったはずの空間に色がつき始めたように感じたの。
(ううん、ちがう。これはおもいださせてくれている。だれかが……)
お父さんだけど、お父さんじゃないもの。
少し意識が楽になってきたと思ったら、ぶわりとお父さんとの記憶や思い出が蘇ってきて私は嬉しくて嬉しくて……ようやく会えたんだって……そうしたら、頭の中に声が聞こえた。
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よろしくお願いします。
アリーゼル・レイラ。私の新たなマスター?
ともに、新しい神の創生を手助けしていきましょうーー。
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(あなたがわたしのおとうさんを、たすけてくれたの?)
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いいえ。私を繋ぎ止め、トードリッヒの核を残し、レイラを存命させることができたのは全て、ライム・アズベルトのお陰ですよ。
彼女はトードリッヒの核の情報として私を形に残しました。
あなたに足りなかった心臓と魂の核は、トードリッヒの心臓と私の核によって……もう十分に補填されています。
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