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105 レイラの気持ち




 例えば、目の前で倒れている人がいて。

 私は見て見ぬふりをするだろうか。


 いや、絶対に放ってはおかない。


 すぐに駆け寄り、優しく声をかけ、自分ができる最大限の救助をするだろう。


 何故かと問われれば、大きな力を持っているならば、それ相応の働きをしなければと思うからだ。


 例えばそれが建前であっても。

 例えばそれが偽善だとしても。


 私の倫理観が、そうしなければならないと、強く背中を押すのだ。


 だから、トードリッヒさんが今にも死にそうだからと言って諦めることは絶対にない。


 絶対に……。


『もう、諦めてください。十分です、ライム殿。貴女のお気持ちはとても嬉しかったですよ。だからどうか、、、』


 胸の中に灯した決意という名の火は、熱く燃えるよりも前に焦燥によってゆらゆらと揺らめく。


 ーー彼は変わり果てていた。

 見上げるほどに高かった背は驚くほど小さく縮み、黒く灰になった身体は今もボロボロと零れ落ちていく。


『だって、まだ、トードリッヒさんを治せてないわ!』


 何度も何度も持ちうる全ての魔法を使って救済を試みたが、どれも意味を成さなかった。


(なんでーー。私が絶望に堕ちた時は、シオンとジュエルに助けてもらった。だったらトードリッヒさんも助けられるはずなのに……!)


 額に汗を滲ませ、同じくボロボロになった両腕を隠すことなく腕をたくし上げ、魔力をさらに込め直す。


『完全回復!』『魔法回路構築!』

『自動再起魔法!』


 練られた魔力は空を切り、さらに追い討ちをかけるように、


 ーーーー

 自己修復不可。

 回復不可。

 魔法回路構築不可。

 ーーーー


 絶対的な『叡智魔法』は非常な現実を叩きつけてくる。


「おねえちゃん……」


『待っててね、レイラちゃん。私が助けてあげるからーー』


 泣きそうな姿のレイラにそう笑顔で返した時、ピリッと腕に痛みが走った。連続での魔法行使。身体にダメージがないはずがなかった。


(ーーっ!)


 一瞬だけ苦い顔をしてしまったが、すぐに食いしばりなんとか堪える。


(やっぱり普通の魔法じゃだめなんだ。黒き魔法を使って治すしかーー)


 いよいよ今まで読んできた『創生の魔術書』の力を頼る時だ。

 正直、これ以上の黒き魔法の使用は自分の命にかかわるのだけれど、そうも言っていられない。

今使わないで、いつ使うというのだ!


『霊魂魔法ーー』


 そう言い切るか言い終わらないうちに、誰かに腕をばっと取られた。


 黒い腕だ。


 視界が定まらず、わずかに歪む。




 ーーー『呪縛転嫁』。




 低い声が辺りの高い建物たちにこだまする。


『?』


 そして、腕にかけられた鎖が解けるようにふわりと軽くなり、その反動で2、3歩よろめく。

(何が起こったのーー?)


『ライム殿』


 ハッと顔を上げると、目と鼻の先にトードリッヒさんの黒い影が揺らめいている。


『…………いけません』


『え?』


『貴女は自らを犠牲にしてまで助けるのでしょう?』


『……そうしないと、助けられないわ』


『人の寿命は……黒き魔法であっても神であっても覆すことはできませんよ』


 トードリッヒの言葉が彼が諦めているわけではなく、死を受け入れている言葉なのだと気付くまで、長い沈黙を要した。


「おねえちゃん、ありがとう。パパもきっとうれしい。でもおねえちゃんがきずつくのはもっとかなしい……」


 蒼くて大きな瞳をうるうると潤ませて、ライムの手を握る。


『レイラちゃん、私……』


「だいじょうぶ。おねちゃんにたくさんじかんをもらったから。パパとのおもいでも、ママとのおもいでも、たくさんできたから。ね?」


『うん……』


 何も言葉が出なかった。

 ただただ悔しかった。


 悲壮を顔を浮かべて、やるせなさを胸に押し込める。


(だったらーー)


『せめて、レイラちゃんが幸せに生きられるように……』


 そう思うことしか、今の私の感情をどうにかできそうな術はなかった。




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