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1 とある少女の記憶

 



 魔法科学発展区ミザリ。

 ホシラ王国の中でも南部に位置し、あらゆる魔法を解析し科学し、国の発展に推進する区域である。


 ミザリの街外れの一角に古びた家があった。はたから見たら人が住んでいるなんて露にも思わないだろう。


 だか崩れかけた家にはある男の帰りを静かに待つ小さな少女の姿。


 まだ一度も切ったことがないような長い黒髪。赤と黒が混ざり合ったような深い真紅の瞳……。青白い肌はきめ細やかだが、煤で汚れて黒くなってしまっている。服も清楚とはいえなかった。


 少女は何かに気付いてふと顔を上げる。


「……待たせたな。上の連中がずいぶん煩かったよ。おかげでだいぶ遅くなった。おい……行くぞ」


 男は独り言のように呟くと、私の手を強引に引っ張って立たせた。

 彼もまた紅色の瞳をしている。ただ、髪色はくすんだ琥珀色だ。

 少女を掴んだ男性の手には汗が滲んでいた。

 髪はボサついていて髭は伸び、後ろ姿はどこか悲壮感が漂っている。


「どこに……いくの?……なにを、するの?」


 自分の状況が把握できていないであろう少女は透き通った声で尋ねる。

 男は疲れた様子で少女の姿をちらりと確認すると、


「知らなくて、いい。ただ、ステータスを見てもらうだけだ」


「とくべつな、ひ?」


「そうだ。特別な日だ」


 私は5歳になったばかりで、ライの実が乗ったふわふわなお菓子を彼に一つ買ってもらったのだった。

 そのお菓子は今までに食べたことがないくらい美味しくて甘くて、5歳になる日は特別な日なのだと知った。だから、もし何かあるのなら、それは私が5歳になったからなんだと思う。


「これで……俺も……」


 男は何か言いかけたが、ぼそぼそとして聞き取れなかった。



===



 なんだろう……。この夢……。


 夢にしては随分と心当たりがあるような……。


 でもそれが何だかわからない。



===



 私はその人に連れられて教会に来ていた。教会に来るのは2回目だった。1回目は断片的な記憶の中、おそらくもっと小さい頃に同じように、神様にお祈りとステータスの確認をしに行ったのだったと思う。でもまた小さかったから、ステータスの開示はできなかった。


 訪れた教会には7人の老若男女が待っていた。


 入って目の前には険しい顔でこちらを見ている老人。蓄えた髭を撫で何かすぐにでも言いたそうな様子だ。

 そこから壁に沿って並んでいるのは、全身真っ黒なコートで身を包み、中折れ帽を目元まで深く被った男性。

 白く長いコートをはためかせている長髪の女性。

 黒いコートを羽織り、鳥のくちばしのようなお面をつけて、コソコソと話をしている4人の男女。


 彼らは私たちが入ってくると、今ある興味を隠す様子もなく次々と怪しい口を開いた。


「ようやく、お会いできましたな」


「おぉ。まだ本当に小さいじゃないかー」


「ダン、その子が前から話になってた……拾った子?」


「ほほっ、とにかくアビリティが見たいぞ。」


「…………コソコソ」


「魔力測定器で測ったところ、測定不能と出たそうですね。

 魔法測定器は、我々魔法科学発展区ミザリの傑作。

 測れないなんてことは、断じてありません。

 つまり、魔力が上限を超えているかもしくは魔力の質が常軌を逸しているのか……。魔力を測れないのが非常に残念ですが……銀のプレートで魔法アビリティを開示できるでしょう。

 どちらにせよ、興味は尽きません。」


 仮面をつけた黒いコートの男性は、ジロジロと少女の顔を見つめる。

 少女は大きく目を見開き、すぐに目を逸らした。


「さぁ、どうぞ。銀のプレートに手を添えて、大丈夫。怖くないわよ。」


 長髪の女性が、少女に手を差し伸べる。

 私は黙ってそれに従った。



《No name

 年齢:5歳

 職業:神になりし者

 特殊:∞

 魔法アビリティ:∞


 備考:アイデンティティが確立されていない為、感情度は表示できません。そのため、特殊そして魔法アビリティを∞とします。》



「これは……!!」


「…………!」


「……素晴らしい!!」


「……ダン、あなた……、この子はいったい……」


 7人の男女は驚愕の事実に、言葉を失っていた。


「では、約束通り私たちが研究してから、順番にその子を預かるということで、よろしいですね?」


「ああ、問題ない。」


「ほほっ……それにしても∞とは。私も長く生きてきましたが、神に匹敵する者など、初めてですな。」


「名前くらいつけてあげればいいのに。」


 長髪の女性は呆れたように、ダンと呼ばれる男性に言った。


「名前をつけると愛着が湧くからな。極力避けたい。それより、俺の処遇は改善してくれるんだろうな?」


「ええ、もちろんよ。こんな宝物を見つけて育てたんですもの。」


「こいつを……頼む。」


「私の番までまわってきたらね。それまで、ミザリの連中があの子をどう扱うか……。」


「ああ……。」


 ダンは苦虫を潰したような顔をして、その場を去ろうとした。


 少女はまだ全ての文字が読めないため、プレートに書かれた内容は把握できない。しかし、何か良くない方向へ向かっているのは会話でわかった。


「パパ……私はどうなっちゃうの?」


「…………悪いな。」


「?」


 ダンは私の顔を見て頭をクシャッと撫でると、足早に教会を出た。


「え、待って!!パパ?!」


 追いかけようとするが、長髪の女性に手を引き止められる。ごめんね、と耳元で声がした。


 胸の鼓動は速くなり、顔からサァっと血の気が引いた。……なにが起きたのかわからなかった。


 パパは……?

 どうして私を置いていくの?

 置いていかないで……!!!!



===



 これはーー夢じゃない?


 悲痛な少女の叫びはまるで……。



===



 パパは守ってくれるんじゃなかったの?

 なんで?なんで?なんで?


 答えの出ない疑問。


 パパは私を育ててくれた。

 無愛想だったけど、食事をくれた。寝床をくれた。

 生きていくための術を教えてくれた。

 甘さお菓子をくれた……。


 なんで、置いて行っちゃうの?


 伸ばした手は空を切って、冷たい闇に触れた。


「では、始めは私たちから」


 1人の仮面をつけた男の手が私の首筋に伸びてきて、何か冷たい感触がした。同時に、


「…………っ」


 痛みが走り、幼い手を伸ばしながら私はそのまま意識を失った。

 失われる意識の中でもう帰ってこないであろう父親のことを想う。


 パパ…………。

 だいすき、だったのに……。ねぇ……。






 


===



 この記憶は……。この少女はーー。


 私…………?



===








 そこは白い壁で覆われた小さな部屋。

 金具で手足を固定され、身動きが取れない……。



===



 ーーまただ。


 ーー今度はさっきよりも嫌な予感がする。

 ーーどうして()は縛られているのだろう……。



===



 ヒヤリとした感覚。

 同時に痛みが走る。


「や、やめて!!なんで、やだよ!嫌だ嫌だぁああああ!!」


 痛い。痛い。痛い!もうやめて。

 こんなのもう耐えられない。


 激痛が体を巡る。脳が痺れる。

 手足の感覚はもうない。


 手足を拘束され、よくわからない薬を打たれ、飲まされ、体のあらゆるところをえぐられたかと思えば治されて。

 それを幾度となく繰り返した。


 白いコートを着た奴らは、メモを取りながら、私のことをジロジロを見ている。

 また、新たな薬が首元に打たれようとしている……。

 抵抗するもそれは意味をなさず、首元に激痛が走る。


「あ゛あ゛あ゛ぁあああっ!!!」


 叫びも虚しく、私はそれを受け入れざるをえなかった。



===



 ーー苦しい……。



===



 ーーなんでこうなったか。

 パパが……。

 私のことを捨てたからだ。


 もう嫌だ。

 私はもう、何もしたくない。どこにも行きたくない。

 1人でいたい。

 何も信じない。


 そうだ………。

 誰にも見つからなければいい。

 誰にも干渉されなければいいんだ……。



 突如、研究所の奴らの近く、そこの白い壁にかかっている銀のプレートが輝き出す。


「待て!!何かおかしい。投与を中止しろ!」


 白いコートを着た奴が叫んでいる。


「未知の魔法の発見を確認!!起動しようとしています!」

「何?!あいつの周りには魔法力無効の魔法陣が組んでいるはずだ!」

「強力な魔法力により無効化している模様です!!リーダー!どうしますか?!」

「拘束したまま、魔法陣の強化にあたる!!」

「駄目です!被験者の魔法が……!!」


 周りの時間が止まった気がした。

 いや、実際止まっているのかもしれない。

 都合がいい。

 魔法も……。よし、使えるみたいだ。

 手足の鎖を魔法で外し、壁を一撃でぶっ壊す。

 壁にかかっている銀のプレートを見ると何やら蒼白く文字が浮かんでいる。


『よめないな……』


 まだ大人になれていない自分を恨んだ。

 5歳の少女はまだ平仮名程度しか読めなかった。

 銀のプレートを取ろうとしたが、手に魔力を込めすぎてをヒビが入る。壊しちゃえ。


 ーーこのままどこかに逃げよう。

 誰もがいないところへ。

 誰にも見つからないところへ。



「被験者が………いなくなりました。」

「どうなっている?!つい先程まで、そこにいただろう?!」

「魔法が発動したのを確認。プレートも壊されています」

「くそっ!!せっかくの神もどきを逃すなんて!!失態だ!!探せ!!上にはまだ報告するなよ!」


 白いコートして、鳥のような仮面をつけた者たちは慌ただしく動き始める。


 私は逃げた。この絶望から。痛みから。

 あり得ないほどの力を持つが故に、拘束され、実験されてきたこの生活から。

 もう2度と、こんなのはごめんだ。



 壊された銀のプレートには微かに文字が浮かんで消えた。


《name:****


 職業:神になりし者

 特殊:如何なる特殊魔法も習得可

 魔法アビリティ:如何なるアビリティも習得可


 備考:新たな感情度が発見しました。

 "感情:絶望"を取得しました。


 これにより、新たな魔法『存在稀釈』を得ました。

 この魔法は常時発動可能です。

 ……常時発動します。


 私は自分が望む生活のために、魔法を使うと決めた。



===



 ーー私は……いったい……。



===





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