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今回はセイアッド君の視点です。
「明日か…。」
満月輝く夜空を部屋の窓越しから見上げる。
手には丸みを帯びた文字で書かれた小さなメモ書きが一枚。
この紙に書かれた事を実行するだけで本当に何か変わるのだろうか?
先の読めない策にため息がでる。
あの元庶民の男爵令嬢と手を組むのは早まったかもしれない。
姉上を陥れたズル賢く意地汚い庶民の女だと思っていた奴が実は違うと知ったのは先日の事。
奴は姉上を慕っていて今までの自分の行いを悔いており、今は幸せを願って行動しようとしていると言う。
はっきりいって信じられる内容では無かった。
一方的に相手の幸せを願うなどあり得ない、その為に行動しているなど馬鹿げている、裏で何か企んでいるはずで本当は何が望みなんだと疑るのが普通だろう。
だが…
それを信じてみても良いと思ってしまった。
姉上の現状を変えられるのならば…と。
俺が協力すると言った後の奴の顔は今思い出しても笑える。
喜びを顔全面で表し興奮で鼻息が荒くて……あいつ、女として大丈夫か?アントス家はもう少し教育をしっかりやった方が良いんじゃないか?
不安しかない協力者に再度ため息がでる。
俺の心を写すかのように眺めていた月が雲に隠れていく。
初めから全てが上手く行くとは思ってはいないが、明日この策が失敗したら協力関係を切ろう。
そう強く決意し、明日に備えることにした。
***
「まぁ、セイがお願いなんて珍しいわね。」
「お忙しい姉上に頼むのは、大変申し訳ないと思ったのですが急用ができてしまって……」
「ふふ、大丈夫よ。図書館へ行くのは久しぶりですし良い気分転換になります。」
「ありがとうございます、姉上。」
先日、元庶民が立てた策を実行する。
それはメモに書かれていた本を王城付属の図書館へと姉上に借りに行ってもらうと言うものだった。たったそれだけで何が変わる、と思ったが奴には余程自信があるらしい。下品な笑みで私を信じろと言ってのけた。
しかも……
「それににても、セイが童話が好きだったなんて驚きね。」
「これは、童話から見る国の歴史についての資料であって純粋に読むのでは…!!」
事もあろうに奴は国中の子供に読み聞かせてるだろう童話を姉上に借りてきて貰うように、と俺に言ったのだ。
くそっ、おかげで姉上に笑われてしまったじゃないか!!
これが失敗したらただじゃおかないからな!!
羞恥で俯いていると軽やかな姉上の笑い声が聞こえた。
顔を上げると屈託なく笑っている姿があり、久しぶりに見るその笑みにほっとする。
この笑顔引き出せたのなら、この策も悪くないのかもしれないなんて単純にも思ってしまった。
「ふふ、分かっているわよ。私もこの本で去年やったわ。」
「そうだったのですね。知りませんでした。」
「えぇ、殿下と二人で……いえ、何でもないわ。」
言葉を区切り、一瞬表情が曇る。しかし、それはすぐに作られた笑顔で隠されてしまった。
姉上の苦しみに耐え悲しみを我慢している姿に胸が苦しくなる。
最近はずっとこの笑みしか見ていなくて、この一冊の本で何かが変わるのかと思ったらそうでもないらしい。
まぁ、これだけで変わるのなら俺も苦戦していないか…。
「では、午後に借りにいって来ますね。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
それだけ言うと、俺は逃げるように部屋を後にした。
***
「遅いです!!!」
約束の場所へ着くなり膨れっ面で文句を言う元庶民に先程までの胸の苦しさが吹っ飛ぶ。
本来なら元庶民で、ありたかだか男爵家の令嬢に付き合うなど本来は無いのだぞ?
しかも、場所の指定はあったが…
「時間など決めていないだろう。」
「それは…!!……そうなんですけど、セレネ様の為なら朝イチから待機するべきかと…。」
時間の確認のために壁に掛けてある時計に目を向ける。
現在時刻は13時20分。
この王城付属の図書館の開館時間は朝の9時。
いくら姉上のためとは言え、普通朝から待っているものか…?
先程からボソボソと「ゲームでは」とか「関係なかったし」とか「時間なんて」とか訳のわからない事をいっている。
「もしかしてだが……何時かわからなかったのか?」
「っ!! そんな訳…!!! ……あります。」
あの日、自信満々に俺に手伝えと言ってきた奴の発言なのか?
怒りを通り越して呆れてため息が出てしまう。
こいつと会ってからため息が増えてしまった気がする。
「お前、本当に大丈夫なんだろうな?」
「それは大丈夫! ……なはずです。殿下は既に図書館へ来ていらっしゃるしイベントさえ起これば私の信じるセレネ様ならきっと!!」
今日はこの図書館でイベントなどあったか?
記憶の限りそんな催し物が開かれる予定は無かったはずなのだが妙な自信に溢れていて否定するのが億劫になってしまうし、穴だらけの策に頭も痛くなってくる。
「おい、この策が失敗したらお前との協…」
「来た…!!隠れて…!!」
人の話を遮り腕を捕まれかと思ったら、奴の体で庇われるように物陰へと隠される。
不意をつかれ咄嗟に動けなかった。
本棚に頭が当たってしまいズキズキ痛むうえに、押し付けられた体で息が苦しい。
体の隙間から外を除くと姉上がこの部屋に入っていく姿が見えた。
なるほど。姉上から隠れたかったのか。
だが、もう少しやり方と言うものがあるだろう!
こいつとは姉上の件が終わったら絶対に切ってやる!!
「いい加減、退け。」
「あ、ごめんなさい。」
姉上の姿を確認し、声のボリュームを落として告げると漸く俺から離れた。
先程までならこの図書スペースに誰もいなかったので文句の一つでも言ってやれるのだか、今は姉上がいる。万一にも見つかるわけには行かないのでグッと我慢をする。
奴を見るとまるで百合の花のような歩く姿の姉上を緩みきった顔で眺めている。
本当にこいつはやる気があるのだろうか?
今日の行動に疑問を感じ始めた頃、クスクスと陰湿な笑いをしながら二人の令嬢が同じ空間に入ってきた。
その様子を伺っていると隣から声がかかる。
「始まりました。ここからは何があっても耐えて見守り続けてください。」
姉上から視線を外さないまま、そう告げてくる真剣な声色に思わず息を飲む。
俺には何がこれから起こるのか想像もつかないが、きっとこれが奴の行っていたイベントと言うものに繋がるのだろう。
腐った貴族の令嬢らしい陰湿な笑みで姉上に近づく様子に不安しかないが、今はこいつを信じるしかない事が更に不安を煽る。
姉上、どうがご無事でいてください……。
次はようやっとセレネ様のイベントのターン!!




