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カッポ、カッポ、カッポ、カッポ…
規則正しく、お馬は走る。
熱く熱く見つめ合う、二人を乗せて。
…気まずい…。
私は今、猛烈に困惑している。
閉じられた狭い空間に二人きり、弟君と向き合っているこの状況に。
眉間に皺を寄せ、への字口をしている弟君から妙に熱のある視線を向けられ、笑ったら負けなにらめっこの如く「視線を反らしたら敗け」な雰囲気を醸し出す弟君につられ、無言のまま奇妙なにらみ合いを現在進行系でしているのだ。
…しているのだけど…
気まずい…。(二回目)
馬車に乗り込こむ前までは笑顔を向けてエスコートしてくれたり普通だったんだけどなぁ。
扉が閉められた二人きりになった瞬間、弟君は豹変してしまった。
さっきまでセレネ様と会話していたときの笑顔が恋しい…。
セレネ様とセレネ様の雰囲気に似た弟君、二人の笑顔プライスレス。
…と、余計なこと考えている場合じゃなかった。
いや、家に着くまでこのままでも良いんだけど、セレネ様の恋を応援すると決めた私にとって弟君はできれば見方に付けたい。
ゲームでの数少ない台詞と二次創作の印象では重度のシスコン。今世でもさっきの豹変を考えればシスコンなのは間違いない。
将を射んと欲すればまず何とやら!
円滑に恋援をするためにも、まずは弟君の攻略だ。
その為にはこの状況をなんとかしなきゃなんだけど…。セレネ様や殿下と違ってほぼ情報なくて性格や好みがわからないんだよね。公式ブックにもキャラ設定載ってなかったし二次創作に至っては創り手の解釈によって違ってたし、私のイメージとも違ってたし。
まぁ、セレネ様大好きなのは共通してるけどね!
私が弟君への声かけに悩んでいると、固く結ばれていた弟君の口元が緩み言葉が発せられた。
「貴様は…」
「き、きさま?!」
ずっと思っていたのだけど、この弟君口悪いね?
「どんな下心があって姉上に近づいた?」
「っ?!」
「元庶民の貴様が姉上に取り入ろうとするなど、理由がなければ説明がつかん。」
「……」
し、下心満載なのがバレている…だと?!
弟君に指摘され血の気が一気に引き、ドックンドックンと変に鼓動が脈打つ。
悪いことをしている訳ではないのに何か言い訳しなければと焦ってしまってうまく思考が回らない。
どう説明すれば良い?
綺麗で気高くそれでいて恋に一途な乙女の部分も持ち合わせているセレネ様のちょっと真面目すぎて不器用な恋を一番近くで応援し、必ず殿下とゴールインしてもらいその暁にあわよくば結婚式に呼んでもらい全力全霊でお祝いするためにあの手この手といろんな事を画策してイベントを起こそうとしているなんてどう説明しろっていうのよ!!!
「……おい元庶民。」
「その為には弟君の協力だって必要なのに!!」
「おいっ、庶民!!」
「何よ!!今言い訳考えてるんだから後にしてよ!」
「今ので十分、わかったからもう良い。」
「……え?……もしかして…私…今…」
弟君が真顔で静かに頷く。
「貴様、元庶民とは言え貴族の一員になったのだから腹芸くらい覚えておけ。と言うか、せめて声に出すなよ。」
やーーーーーーーーーってしまったーーーーーー!!!!
あるよね!私そう言う事やらかすよね!!と言うか、誰しもやるよね?!!ぼーっと考え事をしてたら声に出ちゃってるやつ!!
めっちゃ恥ずかしい!!心の声だだ漏れとか恥ずか死ぬ!!
いや、死ねない。セレネ様の晴れ姿をみるまで私死ねない!!
やらかしてしまった事は取り返しがつかないけど、弟君に私の思いが伝わった。なら、これをチャンスに変えるしかない!
「お恥ずかしい所を見せてしまいましたが、ご理解いただけたなら良かったです。」
「あぁ、貴様の姉上に対するものが悪意では無いと言う事はな。だが…わかっているのか?」
「わかっている…とは?」
「貴様現れてからの姉上のお気持ちの事だ!」
「?!…それは、勿論存じ上げております。先程、セレネ様ご本人からお聞きさせていただきましたし…」
ゲームをプレイしながらもずっと考えていた。
好きな人が突然現れた人物に奪われる気持ちを、貴族として殿下の婚約者として正しくあろうとしたいのに嫉妬に囚われて正しくあれない自分自身への葛藤を、そして…長年隣にいた人に信じてもらえない絶望を…。
「ずっと、セレネ様の事を考えておりましたので…。」
「ならば、何故姉上を傷つけた!!」
「私だって!!やり直せるなら初めから…入学時代からやり直したいわよ!!それとなくセレネ様と殿下を近づけて、卒業と同時に婚約、そしてそのまま結婚してもらえるように画策したわよ!でも、動けるようになったのがあの時からなんだから仕方ないじゃない!!シャルロッテだって好きで殿下の側に寄ったんじゃないのよ!不可抗力だったのよ!!だから、今からでもセレネ様には幸せになってもらいたいから頑張るって、私がセレネ様を応援するって決意したのよ!!!」
弟君の攻略を…なんて思っていたのに感情が高ぶって、つい勢い任せに言いたい事をただ言うだけになってしまった。
恐る恐る、弟君を伺うと腕を組んで呆れた表情をして私を見ていた。
あ、これは攻略失敗だね。馬を落とすの難しいよ。
再び訪れた沈黙に俯いて耐えていると、はぁ、と溜め息が漏れたのが聞こえ、顔を上げて弟君を見るとポツリポツリと喋りだした。
「俺は、昔からあのバカ殿下が嫌いだった。」
「ば、ばか?!」
「俺の姉上を奪った上に、姉上の思いに気づかない。あんな察しの悪い方と一緒になるくらいなら俺が姉上を幸せにすると…ずっと思っていた。」
「………」
物凄く真剣な表情で語る弟君には申し訳ないのだけど、発言がシスコンを拗らせすぎていて笑いを堪えるのが大変である。
と言うか、その発言大丈夫?今私しかいないけど殿下の事バカって不敬罪になりません?
心で思ってる事ってうっかり出ちゃうよ?私みたいに。
心配しつつ必死に笑いを堪えてる間も弟君の姉上好きトークは続いてる。
これだけ好きで自分が幸せにするって語ってると言うことは、つまりこれは姉上は誰にも渡さないからな、と言われてるってことで良いのかな?
確かに、弟君と一緒にいるセレネ様の笑顔も素敵でそれはそれで幸せではあるとは思うんだけど…。
でも…
「だが、姉上はそれを望みはしないのだろうな。」
「でも、セレネ様はそれを望まないと思う。」
二人の言葉が重なった。
私の心配など必要ないくらい、弟君はセレネ様の事をちゃんと見ているし考えていた。
「貴様に言われなくても姉上の事はわかっている。」
「みたいでしたね。すみません。」
「姉上が見ているのは良くも悪くも殿下だけだからな…。」
不貞腐れてそっぽを向く仕草で自然と空気が柔らかくなり、思わず笑ってしまう。
「笑っていられるとは、随分余裕だな。」
「あはは、すみません。セレネ様が大好きなんだなと思えてつい。」
「当たり前だ。…だから協力してやる、必ず姉上を幸せにしてみせろ。」
「…!!ありがとう!!」
「だが…もし失敗でもしてみろ。その時は貴様の命で償ってもらうからな。」
「はい!お任せください!!」
セレネ様の幸せを…と言う共通の目的を持った私たちはセレネ様への愛を語りつつ、今後に向けての作戦を練った。
一時は弟君の重度のシスコンぷりに協力を仰ぐなんて無理だな、なんて思ったけどセレネ様を思う気持ち幸せを願う気持ちが重なって、新たな一歩が踏み出せた。
まだまだ始まったばかりだけど、必ず成し遂げてみせますからね!!
だいぶ間が空いてしまいました…。