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評価にブックマークありがとうございます!
とても嬉しくて、執筆の活力になります!
「気軽にくつろいでくださって結構よ。」
「………はい。」
私は今、猛烈に混乱している。
幻のキャラクター、セレネ様の弟君ことセイアッド君と遭遇した所までは覚えている。だけど、その後どうやってここまで来たのか記憶に無く、気づいたらセレネ様の目の前の椅子に座っていたのだ。
目の前にいらっしゃるセレネ様は上げていた髪を下ろし、パーティー時の装いから普段着(といっても高級そうな服だけど)に着替えていらっしゃり、パーティーからだいぶ時間がたっている事が窺える。
視線だけが合ったまま、お互い口を開かない時間が過ぎていく。
沈黙の空間で私が緊張していてそう見えるだけなのかもしれないのだけどセレネ様の表情は固く、どこか思い詰めているように見えて心配になってしまう。
「セレネ様」
「アントスさん」
意を決して私がセレネ様へ声を掛けるのと同じタイミングでセレネ様も私の名を呼び声が被ってしまい、気まずい空気が流れる。
再び訪れてしまった沈黙の時間に、やってしまった…と後悔していると、コンコンと扉を叩く音がした。その音にセレネ様は「入りなさい」と声をかけるとティーセットの乗ったワゴンを押したメイドさんが一礼して部屋へ入ってくる。メイドさんは慣れた手付きで二人分の紅茶を淹れるとセレネ様と私の間にあるテーブルに置いてくれた。
部屋に広がる紅茶の良い香りに自然と緊張が緩む。
それはセレネ様も同じだったようで、優雅な手つきでティーカップを持ち上げ紅茶の香りと楽しまれると、そっとカップの縁に唇をつけ一口。緊張で強ばっていた表情はふわりと和らぎ僅かに口角を上げた。
あぁっ素敵!これぞセレネ様!ご令嬢の中のご令嬢ですよ!!!
ただ紅茶を飲んでいる、それだけの仕草なのに見惚れてしまう。なんて綺麗な所作なんだろう…と、私はカップを持ったまま動きが止まりセレネ様に視線が釘付けになってしまった。
「あの会場で…」
手に持っている紅茶に視線を向けながら、ポツリ、ポツリとセレネ様が言葉を発する。
「私の事を見てくれていたのは皮肉にも貴女だけでした。」
初めて知る押さえきれない程の激しい感情が自分にあった事。近くにあると信じていた殿下の心は砂漠の蜃気楼の様な妄想でしかなかった事。近づこうと手を伸ばしてもがけばもがくほど空回る現状への焦りや周囲が目に入らなくなって自分が自分で無くなっていくような感覚に世界に一人きりになってしまったように感じた事。
そんな心情をセレネ様はゆっくりと独り言のように語ってくださった。
「そんな一人きりの世界も……殿下のお言葉で崩れてしまいかけた時、貴女の言葉が繋ぎ止めてくれました。」
それまで視線を向けていた紅茶をテーブルに置くとスッと背筋を伸ばし顔を上げたセレネ様と視線が合う。
「貴女の言葉で、私は私を思い出せました。」
私にそう告げたセレネ様の背筋はピンと伸ばされ瞳には力強い光が宿っている。きっとこれが本来のセレネ様の姿なのだと自然と確信できて私は胸がぎゅっと鷲掴みされたような感覚に襲われた。
「どんな意図で貴女が私を助けたのかは分かりませんが、私は貴女に感謝いたしま…」
「もう、もうっ限界っ!!!!!」
「えっ?!」
セレネ様が目の前にいて、しかも私の言葉で自分自身を思い出してくださり、尚且つ感謝までしてくださっていると言う事実にキャパオーバーした私は涙腺を崩壊させ感情を感情を爆発させる。
「うわぁぁぁん」
「どうされたの?!怪我が痛むのですか?!」
「セレネ様が…セレネ様がぁぁぁ!!」
「私…?…確かに貴女に嫌な思いをさせるような事をしてきましたが…」
「良かったよぉぉぉぉ」
「良かったのですか?!」
突然泣き叫ぶ私を心配してセレネ様が側に来てくださったにも係わらず、セレネ様の言葉も耳に入らないまま暫く支離滅裂な言葉を発しながら泣き続けたのだった。
***
「取り乱してしまってすみませんでした…。」
「いえ……落ち着かれたのなら何よりです。」
あはは…ドン引きされてる~。
せっかく引っ込んだ涙だったが、引きつった表情のセレネ様をみて違う意味で泣きたくなってきた。どうも転生してから感情のコントロールが下手になったような気がする。確かに、このゲームのヒロインは感情豊かで素直な子だった様な気はするけど、突然泣き出したりとか迷惑過ぎるよ…。人前で泣くのも恥ずかしいし…。
「シャルロッテさん」
「……へ?」
己のやらかした事に対し一人悶々としていると、頬を赤く染め顔を横にそらしながらも視線だけは私の方を見ているセレネ様から声をかけられた。
え、なにこの可愛い行動。白いお肌が真っ赤ですよ?そっぽを向きながらもこっちを見ると可愛い高等テクですか?恥ずかしいのを堪えているからなのか目付きはきつくなってるし、お口は固く結んでいるし!!名前を呼ぶのを照れるとか最高すぎか!!
……あれ?
誇り高き公爵家の花としての姿と照れて恥じらう可愛らしい姿のギャップに動揺していて気づくのが遅くなってしまったのだけど、もしかして今…
「セレネ様…私の名前…」
「貴女が私をセレネと呼ぶのだから…私が貴女をそう呼んでもおかしくなくてよ…!」
セレネ様に言われて初めて気がついた。私、前世の記憶が戻るまでラメール様って呼んでたのにうっかりセレネ様って呼んでたよ!私の家格より上の方になんて事をしてしまったのだろう!!
本人の許可もなく呼ぶなんてルール違反もいいとこだよっ!マナーに厳しいセレネ様に嫌われてしまう…。
「スミマセン、ラメール様!私…」
「…私に名前を呼ばれるのは嫌と言うことかしら?」
「嫌じゃありません!!!」
立ち上がり頭を下げ謝罪すると、なんとも可愛らしい返答が返ってきて慌てて否定した。
お互いを名前で呼び合うなんて距離が近くなったようでめちゃくちゃ嬉しい。
私の答えに安心されたのか、ホッと一息つくと一文字に結ばれていた口を綻ばせふわりと微笑まれた。
セレネ様の行動に再び心臓を撃ち抜かれた私は「やめてー!もうライフはゼロよ!」と脳内で叫びながら女神のような微笑みを心のアルバムに焼き付けるのだった。
私…生きて家に帰れるかな…?
長くなってしまいそうなのと時間がかかってしまいそうなので短めで投稿しました。
早くセレネ様と殿下の恋を応援するところが書きたい…。