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「……長いっ!!」
突然メルクが声を上げた。
その声で私の意識が引き戻される。
どうやら、セレネ様と殿下の胸キュン1000%な恋愛映画のワンシーンのような、言葉無く熱い眼差しで見つめあっている甘い世界に没入していたらしい。
周囲を見ると、メルクの声に現実に引き戻されたのは私だけじゃ無かったようで子爵家コンビも見入ってた事に羞恥心が込み上げたのかお互い誤魔化すように笑いあっているし、ジョーヴェとアレスも何となく顔が赤くてちょっと面白い。
それに、見られていたことに気がついて顔を真っ赤にして恥ずかしさで震えているセレネ様……プライスレス……!!
殿下も顔を赤くして俯いてる姿が初々しくて、折角の甘々シーンに水を差されたたかなとか思ったけれどこれはこれで良いね。
このカップル、かわいい。
「えぇと……ごめんね、メルク。話を中断させてしまったね。」
数回深呼吸を繰り返し、セレネ様より一足先に平静を取り戻した殿下がメルクに声をかける。
その言葉に首を横に振り「気にしていませんよ。」と、メルクは笑顔で答えているのだけど……この数時間のやり取りで何だかその笑顔を、言葉を疑ってしまう。
本当に気にしてないのか?
「殿下の心に燻っていたわだかまりが解けたようで良かったです。」
「あはは、あの時は迷惑をかけてごめんね。」
「迷惑では無かったですよ。ただ、ものすごく心配しましたが……。」
「ありがとう、メルクがいてくれて良かったよ。」
「殿下は僕のお仕えする方でもありますが、同時に大切な友人でもありますからね。」
私の心配を他所に、穏やかに会話は続いていく。
その二人のやり取りに裏など無さそうで、お互い信頼しきっているし思いやりに満ちているように感じる。
何だか勝手に疑ってしまってごめんなさい、メルク。
「殿下を傷つけてしまうどこかの誰かとは違いますから当たり前ですよ。」
と、思ったけれど前言撤回。
黒い笑顔で棘のある言葉が急にでてきましたよ。しかもその「どこかの誰か」って今の流れだと一人しかいませんよね?
メルクさんや、セレネ様に対してだけやっぱり何かおかしくないですか?
「ちょっと、メルク。先ほどから聞いていれば殿下の心配はともかくその言い方何なのかしら?」
メルクの言葉にすかさずセレネ様が二人の間に入る。
セレネ様が視界に入って笑顔になる殿下とは違い、メルクは解り安く黒さを増す。
「何なの、もなにも誰かに対しての発言では無いのですが……もしかして心当たりがおありで?」
「あら? 殿下を支えると自負した貴方が、誰が殿下を傷つけてしまったのかもわからないのかしら?」
先ほどまでの穏やかな空気から一転、バチバチと二人の間に火花が散る。
「いえいえ。只単に察しの悪いご令嬢に言っても仕方ない事ですので申し上げないだけですよ。」
「随分と諦めの早い家臣なことね。そんなことで殿下をお支えできるのか不安ですわ。」
「心配せずとも、貴女と違って僕は長く殿下のお側で支えてきましたので。」
「まぁ、それなのに今日まで殿下のお心傷ついたままでしたのね。」
「っ……それは……。」
「支えるだけでは癒すことも守ることも出来ないのではなくて?」
セレネ様の言葉にメルクは言い返すことができず口を閉じ、それを追い討ちするようにクスクスを扇子で口許を隠しながら笑う。
その姿は恋する乙女な可愛らしいセレネ様とは180度雰囲気の違っていた。
相手を射抜くように細くつり上げられた目。
相手の心を威圧するかの方な微笑み。
言葉にはたっぷりの棘が含まれていて……
これは、対社交界用完全武装セレネ様!!!
昔、学園で何も知らない棚ぼた貴族の田舎娘に対しても発動され、完璧なる令嬢としての立ち振舞いや周囲の悪意に負けないようにと、あえて棘のある言葉を使われる!
『あの言葉の棘は愛の鞭なんですよ』(※シャ○ロッテ談)
あの時は学園で声を掛けられる度に、トキメキで胸がいっぱいでお返事ができなかったなぁ。
それが今はお話させていただけるだけじゃなくて、こうして一緒にお出掛け出来てるし、それに……
恋の応援も……!!
こんなに幸せで良いのだろうか?
なにか悪いことでも起きそうだけど、すでに前世で色々悪いことあったし転落死してるしその分今が幸せでもバチは当たらないよね!
ということで、悪役ムーブ全開なセレネ様のお姿を目に焼き付けなければ!!
「はぁ……なんて凛々しいお姿なのかしら。」
「本当、格好いいよね。」
「はい!セレネ様は格好いいで……す?」
「あれ、疑問系なの?」
いや、セレネ様が格好いいのは間違いなく疑問など生まれる事なく本当なのだけれど……
「殿下?」
「あはは、僕まで疑問系だ。」
「あ、いえ殿下は殿下です、はい!そしてセレネ様が格好いいのは絶対です!」
私の回答に殿下がお腹を抱えて笑いだす。
ウケと取れた事は良いのだけど、さっきまでセレネ様達と一緒にいたのになぜこちらに?
「あの二人は、ああなると長いんだ。」
私の疑問を察してくれたのか殿下がこっちに来た理由を話してくれる。
どうやら、最近まで疎遠だったから見なかった光景だけど幼い頃からセレネ様とメルクはなにかあれば口喧嘩みたいなことをやっていたらく、それは殿下が一緒でも一緒じゃなくても同じようで一度始まるとどちらかが折れるまで止まらないらしい。
しかし、殿下を放置してまで喧嘩ってどうなんだろう? とも思ったんだけど、「喧嘩するほど仲が良いのって素敵だよね」と、殿下はその二人を眺めているのも好きらしいのでわざと口を挟まない所もあるらしい。
そっか、三人は昔から一緒で幼馴染みみたいな関係なんだね。
小さい頃から一緒にいて色んな体験をしながら同じ時間を過ごして大きくなって、恋をして……
ん……?
恋?
三人?
幼馴染み?
あれ? もしかしてメルクがセレネ様に当たりが強いのって……
「そちらにいらっしゃる心優しきご令嬢、シャルロッテさんに言われるまで気づけなかった人に言われたくはありませんね!」
「なっ……自分を棚に上げてシャルロッテさんを出すのは卑怯ですわよ!」
「「ねえっ! シャルロッテさん!!」」
「ひっ、何でしょうか?!」
言い合いしていた二人から突然自分の名前が出てきて思考が止まる。
あぁ、今出てきた疑問をゆっくりと考える時間が欲しい!!
空白はセレネ様達が見つめあっていた時間です。
もっと長く見つめあっていさせたかった(笑)