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今回はヘリオス殿下視点です。
「セレネ様に聞きに行きましょう。」
先程まで剣技大会について熱く語っていたアントス嬢はそう言った。
真っ直ぐ、真剣な目をして……あの時の……修了式の時のように。
「シャルロッテさん、今さら同じことを聞いても意味が無いかと思いますが。」
「そんな事はありません。もしかしたら気持ちが変わっていらっしゃる可能性もありますし、もしそうだとしても今回の大会について説明させていただいた後セレネ様のご理解を得れたら手伝っていただく事も可能かもしれませんし!!」
「そう簡単に理解しますかねぇ。」
「私はセレネ様を信じています。」
セレネにもう一度聞きに行く。
その言葉を聞いてから、ずっとあの時の言葉がリフレインしていて近くに居るのに二人の会話が遠く聞こえる。
“ 意味が無い ”
その言葉は僕の中で冷たく渦巻いている。
“ 意味が無い ”
その言葉は僕と彼女の歯車を少しずつ狂わせ始めた。
“ 意味が無い ”
その言葉は……
ー トンッ ー
突然、背中を押され沈んでいた意識が浮上する。
振り返るとアントス嬢が笑っていて
「殿下、行きましょう!!」
と、言い終わるやいなやアントス嬢はそのまま僕の背中を押しながらセレネ達が話しているテーブルの方へと向かい始める。
「あ、ちょっと! 待ってアントス嬢!!」
「善は急げですよ、殿下!」
ズンズンと足を進めていくアントス嬢。
まだセレネに面と向かって聞く勇気を持てない僕の言葉は虚しく風に流されていった。
***
アントス嬢の行動力に負けて、僕は心の準備が出来ていないままセレネの前に立っている。
どうして僕はこう……流されやすいのだろうか。
「セレネ様、セレネ様は何故去年の剣技大会への応援に行かなかったのですか!」
「え……剣技大会?」
「シャルロッテさん? 流石に質問が唐突すぎません?」
僕が自分の不甲斐なさに落ち込んでいる間に話が始まってしまっている。
学園に入学してから感じていたけれど、アントス嬢の行動には驚かされるばかりだし、その行動力が羨ましかったけど、今は少しだけ控えてほしいなんて思ってしまうのは僕の我儘だろうか。
メルクが質問の経緯を話しているのを聞きながら、セレネの様子を窺う。
セレネは……前とは違う答えをくれるだろうか?
一時期拗れてしまった関係は、少しずつだけど修復できていると思うし、何となくだけど……前よりもお互いの事が解り合えているような感覚さえある。
だけど……今はセレネの言葉を聞くのに緊張してしまう。
「なるほど、そう言う事でしたか。」
「それで、貴女の回答は何なんです?」
「それは……」
答えを言う前に、チラリと控えめにセレネが一度僕の方に視線を向ける。
その視線は僕と交わると慌てて外されてしまい、彼女は顔も背けてしまった。
なので彼女の表情は解らないけれど、少しだけ赤く染まった頬の隠しきれていない仕草に暖かい気持ちが湧いてくる。
だけど
「前も言いましたが、私が行ったところで意味が無いと思います。」
彼女の言葉でその気持ちは打ち砕かれてしまった。
自惚れてしまっていたのかもしれない。
彼女にとって僕は意味のある存在なんだと。
でも……そうだよね。
そもそも、僕は一度セレネを傷つけてしまっている。
いくら関係が修復されてきていると言っても、まだ彼女の信頼を取り戻せていないに決まっているじゃないか。
勝手に期待して、勝手に落ち込んで。
これではあの時の自分と何も変わらない。
あの日、もう一度やり直すチャンスをくれたセレネに誓ったじゃないか。
僕は、変わらなければいけないんだ!
「セレネっ!」
「っ…はい、殿下。」
「確かに僕は君にとって意味の無い存在かも知れない……」
「え?」
「え? ……だけど、君に認めて貰えるよう、今年は僕も参加してみようと思う。だから……」
「あのお待ちください殿下。なぜ私が殿下の参加に関係があるのですか?」
「え?」
何だろう、僕の言葉がセレネに届いていない気がするうえに何かが根本的に違っているようなもどかしさを感じる。
その違和感を一度感じてしまうと、決死の思いで紡いでいた言葉は途切れてしまった。
変に間が開いたまま話を再開しない僕らをメルクは居心地の悪そうな顔でみているし、アントス嬢は頭を抱えてしまっていて申し訳ない気持ちが湧いてくる。
沈黙を破れないまま会話の糸口を探していると、アントス嬢がわざとらしい咳払いをしてセレネに寄り添い声を掛けた。
「セレネ様、多分なのですが……お言葉の真意、殿下に伝わってません。」
「そ、そうなのですか?!」
「はい、残念ながら。」
「そんなっ……。」
二人の会話が良く理解できない。
言葉の真意? “意味が無い” という意味以外に何があるというのだろうか?
「セレネ……もし良ければ聞いても良いだろうか?」
「あの……ですが……殿下……あの」
「セレネ様。」
言い淀むセレネに寄り添い、にこりと笑いかけるアントス嬢。
その優しさに後押しされたのかセレネはポツリ、ポツリと話はじめてくれた。
「殿下は……勉学も剣も……いつも努力されています。」
「あ……ありがとう。見てくれていたんだね。」
「当たり前です! あっ……なので、剣技大会に殿下が参加されるのであれば……」
「あれば?」
「必ず優勝されるに決まっています! だから……私の応援など意味が無い……と言う事で……」
あぁ、なんて事だろう……。
セレネはあの時も今も僕を見ていてくれたなんてっ!
嬉しさと恥ずかしさで自分の顔に熱が集まるのがわかる。
この思いをどうすれば良いのだろうっ。
セレネを見ると、彼女も顔に熱を集め頬をバラのように真っ赤にしていた。
だけど、僕から目をそらさずまっすぐに見つめてくれていて……
ー ー
その時、僕の中で何かが落ちる音がした。
二人の恋が始まりそうです!