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もういっちょセレネ様のターン
殿下が私たちの前に現れた後、あの二人はこの図書スペースを足早に後にした。
自分達の発言を誤魔化すように笑いながら。
今は私と殿下の二人きり。
先程までの険悪な空気は消え去り、代わりに妙な緊張感が漂っている。
お互い沈黙を保ったまま窓際の読書スペースに向かい合って座っているのだけれど……久しぶりにお会いした殿下と同じ空間にいるという状況に、ドキドキと胸が鳴り止まなくて騒がしい。
ご様子が気になり、少しだけ視線を上げて殿下の表情をお伺いする。
ー ばちり ー
瞬間、目があった。
目、目が合ってしまったわ…!
驚いて逸らしてしまったのだけれど変に思われたわよね。
もしかしてずっと此方を見ていらしたのかしら?
私、どこかおかしな所あるかしら?
髪は乱れていない?今日の服は変ではないわよね?
この図書館で殿下とお会いするとは思っていなかったので自分の今日の装いが不安でしかたない。
「君は……昔から強いね。」
「え?」
私が内心慌てていると、殿下から声がかかる。
逸らしてしまった視線を向けると、殿下は困ったように笑いながら此方を見ていた。
「何事にも真っ直ぐで、常に正しくあろうしていて……。」
そう言うと殿下は一度目を瞑り、再び目を開く。
その瞳は何かを決心したような強い色をしていて、真剣な眼差しを向けながら「聞いてもらいたい事がある」と殿下に言われた私は、ただ頷くことしか出来なかった。
「僕は……幼い頃、君の真っ直ぐな強さが好きで憧れていたんだ。……だけど、自分の持っていな強さがいつしか苦手になってしまって。」
時おり目を伏せ、昔を思い出しながら、ご自身の気持ちに向き合いながら私に語りかける。
はじめて聞く殿下のお心に先ほどまでの胸の高鳴りは収まり、まるで静かな水面のように穏やかで、一つ一つのお言葉が私のなかに入っていく。
「こらからの国を担う王太子としてこれじゃ駄目なのはわかっていたのだけど……成長するにつれ、君に言われる言葉が僕を責めているように感じてしまって、逃げてしまった。
そんな時、アントス嬢が学園に編入してきて右も左も分からない彼女を手助ける事で自分の優しさが正しいと思い込んでしまったんだ……君の言葉も聞き入れずに。
彼女が嫌がらせを受けていると知った時も、ずっと一緒にいた君の言葉を疑い、良く知りもしない周りの都合の良い言葉を真偽も確かめずに信じたり…。よく考えれば、君が嘘を付くような人では無いと知っているはずなのに。それに本来なら、現場検証を行い目撃証言を集め客観的に情報を整理し正しい判断をしなければならなかったのに。」
殿下のお言葉に胸が締め付けられ、そして自分の身勝手さを思い知る。
私は、強くなどない。自分の事ばかりで殿下のお悩みを察することができなかった。
殿下のお立場を考えれば私が想像できないような苦労やお悩みがあるはずなのに……。
私なんて……殿下にお嫌いになられても仕方が……
「あの日、アントス嬢の言葉を聞いて……僕は何て自分勝手な事をしていたのだと気づいた。」
「えっ?」
「セレネ……すまなかった。」
「お待ちください殿下!!それは…!!」
殿下のお言葉に慌てて声を上げる。
謝るべきは私なのに、殿下に謝罪をさせてしまうなんて!
お言葉を止めようとする私に対し、殿下が静かに首を振って止める。
「僕は君に……君の強さに甘えてしまっていたんだよ。歪んだ正しさを盾に、君なら大丈夫だろうと、僕の思いを押し付けた。君だって一人の人間だ。僕と同じように悩み苦しんだりするし、言葉の刃に傷つくことだってあるのに忘れてしまうなんて……。」
「違う……違うのです。私がっ、私が変わってしまったのです。殿下の為にと言いながら私の事を見てくださらない、と自分勝手な思いを殿下に押し付けてしまっていたのです……!」
「それは僕の方だよ!僕が先に君を……!!」
「いいえっ、私です!!」
お互いに譲らない気持ちがぶつかり合う。
平行線のまま、終わりが見えない会話に終止符を打ってくださったのは殿下だった。
「君がこんなに頑固だなんて知らなかったよ。」
「それは私もですわ。」
「ねぇ、セレネ。謝って許されることでは無いのは解っている。だけど、もう一度僕にやり直すチャンスをくれないだろうか?」
そう言うと殿下は私の手を両手で包み込み、見つめてくる。
先ほど鳴り止んだはずの胸の鼓動が再び動き出す。
あの日、どんなに伸ばしても届かなかった殿下の手が今私の手に触れている。
一瞬、夢なのではと錯覚しそうになるけれど包まれている温かい手が現実だと教えてくれて……私は気づかない内に涙を溢していた。
「泣かないで、セレネ。……やっぱりダメだよね……。」
「いいえ、違うのです。これは……嬉しくて…。」
「そうなの?」
「はい、私も一緒にやり直します。もう一度……今度こそ道を間違わないように。」
「ありがとう、セレネ! 僕も、君と一緒に頑張っていくと誓うよ。」
昔、笑いあったこの場所で再び殿下と笑い合えた喜びにさらに涙が溢れていく。
きっと私は大丈夫。
辛いこともあったけれど、もう間違わない。
殿下と手を握り、新しい私を歩いて行ける。
***
「まさか、本当に姉上と殿下の仲が戻るとは……。この展開を知っていたのか、お前?」
「……………。」
「おい、聞いているのか?」
「感動的なシーンでじだぁぁぁ。」
「っ!!」
何度もSNSやお絵描きサイトで検索したり、妄想したり、描いたりしていた仲直りのシーンは、概ね妄想通りの展開で無事終わった。
殿下の内情は想像以上に複雑そうだったし、セレネ様のお姿や殿下への思いも想像以上で、お二人を見守りながら感動して号泣してしまった。
同じように二人を見守っていた弟君にドン引きされている気がするけれど、自分でもこの涙と鼻水は止められない。
もっとティッシュを持ってくれば良かった。
「……はぁ、最高にエモかった。」
「落ち着いたか?」
「はい。ハンカチありがとうございました。」
私の様子を見かねてハンカチを差し出してくれた弟君のお陰で何とか溢れ出るものをやり過ごせた。
しかし、このハンカチはさすがに洗っても返せないから新しいの用意しないと……。
これからの事を考え、ようやっと感動の余韻が落ち着いた頃、セレネ様たちも帰られようとされている会話が聞こえ再び二人の様子を伺う。
「もう帰るのなら送らせてくれないだろうか?」
「ありがとうございます、殿下。ではお言葉に甘えますね。」
一緒に帰ろうとされるなんて微笑ましいな、と油断していた時……爆弾は落とされた。
「ねぇ、セレネ。」
「どうされました?」
ー ちゅっ ー
!!!!!!!!!!!!!
今……私の目の前で!!!何が起きた?!!!
「でででで、殿下?! 今、おでこに……!!」
「仲直りのしるし……今やると恥ずかしいね。」
額を押さえて顔を真っ赤にさせているセレネ様と恥ずかしそうにははにかみながら微笑む殿下。
これは何?え、夢?
仲睦まじくこの図書スペースから立ち去る二人を理解が追い付かない頭で見送る隣で弟君が呟く。
「懐かしいな。子供の頃ケンカのした後必ずやってたやつか。」
え、なにそのじょうほう。
「姉上たちも帰られたし、俺たちもそろそろ……?!」
げんじつは……げんじつは……
「現実は二次創作より奇なりっ!!!!」
その言葉を最後に、私は満面の笑みを携えながら意識を手放したのであった。
10話目にてセレネ様の第一のイベント終了!
次に向けて頑張れシャルロッテ(主にメンタル)!




