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第十話 最後の言葉

冷静さを取り戻した僕は立ち上がり、二人に背を向けた。


すると背中から聞こえてくる彼女の声、

「君と出会う前からそれしか方法は無いんだろうってわかってたし、捕まってる間もずっと考えてたの、私が死ぬだけで世界中の人が助かるんだよ」


彼女とは思考回路の造りが全く違うんだろうなと思った。もし僕が彼女の立場だったら、死にたくないと泣き喚き誰かに助けを求めるかもしれない。


振り向いて彼女の顔を見た。その僕の頬には涙の通り道が出来ていた。


「なんで私じゃなくてあなたが泣いてるのよ」

彼女は僕を馬鹿にするように笑っている、なんでこんな状況で笑えるのか不思議だ。


ひとつ咳払いをしたヤベさんが、

「あと20時間だ、時間までさっきの続きでも何でも好きなことをしてくれ」

さっきの続き?と僕が聞く前に彼女がそれを聞くと、

「あん、お前この男とヤリたくて逃げ出したんじゃないのか?」


すると彼女は自分にこんな運命を背負わせたという理由ではなく、おそらくセクハラ発言をした宇宙人に向かい強烈なビンタを叩き込んだ。

「なんだよ違うのか…」

と頬を押さえながら言うヤベさんに向かい彼女は意外な言葉を言った。


「そんなに長い時間いらない…時間が経って気持ちが変わるかもしれないし、さっき見たようなありえない場面を見て変な気分でいる間に終わらせてほしいの…」

彼女の目は涙で潤んでいた。

やはりこんな運命を簡単に受け入れられる強い人間なんていない、彼女の夢や希望を僕は何も知らないけど、それを突然断ち切られて地球のために死んでくれなんて…あんまりだ。


「よくわからんが、彼女がそう言ってるんだ。ここにペンを当てボタンを押す、そうすれば地球は救われる、彼女の脳は自殺行動がとれないように操作されている。お前がやってやれ」

そう言うとヤベさんは立ち上がり彼女から離れ歩き出した。

いつの間に懐いたのか、柴犬は尻尾を振りながらヤベさんの長い足にピタッと寄り添い僕らの側を離れていった。


「ねぇ」

彼女が先に口を開く。

柱に寄りかかっていた彼女は立ち上がり僕の側へ来ると僕の耳元に顔を近づけ、

「ちょっとだけ抱きしめさせて」

と囁きそれを実行した。


何で急に…


彼女は僕の胸に顔を埋め震えていた。

僕が震える彼女をしっかり抱きしめようとしたそのとき、

彼女は笑い出し、顔を上げると嘘みたいに明るい声で、

「あんときは本気でひいたよ、何されるのかと思ったら抱きしめたいだって…」

そう言って笑いながらも彼女は僕を強く抱きしめた。

「でも、こうしてると私もチョッと落ち着くかな…」


何でこんなに明るく振舞えるのか…


「よし、いいよ」

そう言った彼女は1歩下がり、瞳を閉じると少しだけ頭を下へ傾けた。

「ちょっと待てよ、そんな簡単に…」

僕がまた躊躇い彼女の瞳を開けさせるため言葉をかけようとした瞬間だった。

ペン型レーザーを持つ右腕が僕の意志に反し、彼女の頭に近づいていく、明らかに誰かに操られている、こんなことを出来るのは…


僕はヤベさんが歩いていった方向を見た。だがそこいるはずのヤベさんと犬の姿が無い。

「待ってくれ!やめろ」

僕は叫ぶが、右腕は止まらず、ついにペン先が彼女のつむじに触れた。

「待てよ!」

僕は必死に僕を操る物の姿を捜す、首だけは意志通りに動かすことが出来た。


右手の親指がボタンに触れた。

何とか指を離そうとする僕の意志は全く効かない。

「止めろ!ヤベ〜」

彼女は瞳を開け僕を見て呟いた。

「いいんだよ」


次の瞬間、親指に力が加わりボタンがへこむ、それと同時に彼女の顔がゆっくりと僕の視界から消えていった。


すぐに体に自由が戻り僕はその場に崩れ落ちた。

あまりにもあっけなく、彼女の命は消えてしまった…


放心状態の僕の耳に声が聞こえてきた。


「これで終わったんだ」

それはヤベさんの声だった。


「あんた力は使えなかったんじゃないのかよ」

そういって僕は顔を上げた。だが、どこにもその姿は無い。


「姿を維持するためのエネルギーを使ったんだ。だから俺の姿はもう見えない」


声は彼女の側から聞こえてくる、僕はその方向へ話しかけた。


「なんであんなこと…」


「どうせお前はグズグズと躊躇い時間を無駄にしていただろう。彼女は覚悟を決めていた」


「あんたのせいで彼女は死に、僕は殺人者だ!」

僕は地面に拳をおもいっきり叩きつけた。


僅かに砂煙が上がったが、それはすぐに空しく消えた。


「すまん、あとは任せろ…」


その言葉を聞いたのを最後に、僕は意識を失った。



意識を取り戻したときには、あたりは真っ暗で、宇宙人の姿も彼女の亡骸も消えていた。


どこかから聞こえてくる船の汽笛が静寂を破る、風の流れが変わったのか倉庫には潮の香りが強く漂っていた。

僕は窓から射し込む月明かりを頼りに倉庫を跡にした。



(続く)



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