いつかまた青い空を
かつて、施療士さえも弾圧された時代の片隅を描いてみました。
西洋が舞台です。
※この作品は「メクる」にも掲載中です。花びらと誓約とは、対の物語となっているかもしれません。
「あ…どうも、おはようございます」
ほんわりと微笑むと、太い格子の向こう側の青年は眉根を寄せた。
「……まだ、生きているのか」
「はい、そのようで」
自分でも、なぜこんなにも穏やかでいられるのか…なぜ発狂しないのか、よくわからない。
目の前の青年も、おそらくそうなのだろう。
「下手に生命力があるのも考えものだな。一思いに殺してやればいいものを…」
「無理やり水を飲まされるから、長らえてしまっているのかもしれませんね…。貴方も見回りが多いのは大変でしょう? 仕事を長引かせてすみません…もうじきだとは思うのですが」
無数の傷から伝う身体の痛みは、もうあまり感じない。
最初の頃に比べたら、おそらく死に近づいてきているのだろう。
激痛さえ鈍く、ぼんやりとした感覚の中で、一部の理性だけが冴えている。
なんとも不思議な感覚だ。
全身の痛みは遠いのに、目の前の青年の悲痛な面持ちは鮮やかに伝わってくる。
「…君は何故捕まった?」
初めてまともに質問をした青年に、私はさらさらと答えた。
「近くの森で患者さんの熱に効く薬草を摘んでいたんです。そうしたら、後ろから四、五人の役人たちに囲まれて、薬草の籠を奪われて…お前は魔女かと尋ねられました。村の診療所の施療士です、と否定したのですが…」
「問答無用で連れられて来た…ということか」
「ええ」
青年の瞳を見つめて微笑むと、青年は一言だけ、ぼそりと呟く。
「早く、終わればいいのにな」
何が終わる、とは決して言わない。
けれど青年が意図したことは、はっきりと私に伝わっていた。
――懐疑が懐疑を呼ぶ、おぞましいこの時代だろう。
「…残してきた者たちが心配でした。でも今は、心配に充てる力さえありません。今私が理性を保っているのはおそらく、うわごとで親しき者の名を絶対に口にしないため…。今の私に守れる唯一を、最期まで私が守っていられるように、祈ってはいただけませんか?」
掠れた声で問うと、青年は小さく頷いた。
背を向け歩き去る青年の靴音と同時に、遠ざかってゆく鍵束の小さな金属音を耳にする。
しんと静まりかえる薄暗く冷たい牢で、一人、空の青さを願いながら、私はゆっくりと目を閉じた。
足元から、鈍い感覚さえ失われてゆく…
くい込んだ重い鎖たちが上体が崩れ落ちるのを阻む中、意識だけが、滲むように床に沈んでいった。
―FIN―